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第十八話:銀貨三十枚

『来るぞっ、主殿!』


 カティアが鋭く叫んだ。それと同時、深紅のGSは刀を平たく構え、あまりに獰猛な突きを放つ。一瞬で《ブルー・ブッチャー》との間合いは詰まった。


 《ブルー・ブッチャー》は機体をよじって鋭い切っ先をかわす。


 その刹那、B・Bはトリガーを引いた。至近距離から“カトラス”が乱射される。

 ──だが、相手は常軌を逸した動きを見せた。


『なに!? こやつ、弾きおった……』


 まさに神速剣と呼ぶべき早業だった。


 毎分700発、砲口初速880メートル毎秒で放たれる“カトラス”の凄まじい銃撃を、深紅のGSはマニピュレータの“ひねり”だけで対応してみせたのだ。


『援護するよ、B・B!』


 インカムから声が鳴る。

 ナイアの《ダブル・ダウナー》が向かってきていた。


『どけ、青いの!』


 反対方面から、ジョニーの《ライカントロピー》が迫る。

 B・Bはわずかに後退し、射撃の構えを取った。

 この布陣なら、三方からの同時攻撃を仕掛けられる。


『──迂闊ですよ』


 声色から、敵機のパイロットの嘲笑が滲んでいた。

 深紅のGSは即座に、機体を海面に沈めた。


『しまった! 主殿、電子戦ポッドをパージするぞい!』


 先に仕掛けたジャミングがまだ効いている──。


 それを相手に利用されてしまった。欺瞞行動による撹乱は、多対一の基本戦術だ。レーダーの利かない状況下で、視界から消えられるのは致命的だった。


 敵を見失ったのはほんの一瞬のことだ。わずか数秒の内にレーダーは回復した。

 だが、それだけの時間があれば、戦況というものは大きく覆る。


『クソッ……! コイツ、ぐああぁぁーーーッ!』


 ジョニーの壮絶な叫びが、短波通信に響き渡る。

 B・Bが敵を追って視線を流すと、そこには胴体ハッチを切り裂かれた《ライカントロピー》の姿があった。海面下から、ふいに斬りつけられたのだ。


『兄貴! ……この、よくもォーーーーっ!』


 激情の雄叫びと共に、ナイアが《ダブル・ダウナー》を駆る。

 二門のガトリング・ガンが深紅のGSを照準した。


 深紅のGSは即座に反応した。

 《ライカントロピー》の残骸を担ぐように抱えたのだ。


『くっ……だったら!』


 《ダブル・ダウナー》がガトリング・ガンをパージし、腰部に懸架していたハルバードを両手に構える。低い姿勢のまま《ダブル・ダウナー》は突撃した。


『お前だけを確実に刺し貫く!!』


『よせッ!』


 彼女の怒りに任せた行動を、B・Bが制す。


 ──遅かった。

 鋭い一閃のもとに《ダブル・ダウナー》の巨体が崩れる。


「カティア、バイタルを見せろ」


『──大丈夫じゃ、主殿。まだ二人は生きておる!』


 サブモニターに、二人のバイタルデータが表示された。

 パイロットスーツによる自動診断結果だ。


 ナイアは衝撃によって失神。こちらはまだいい、だが……。

 問題はジョニーの方だった。彼の腹部には鉄片が刺さり、出血している。


「時間がない……」


 言いながら、彼は“カトラス”の弾倉を交換した。


 まだ先の弾倉に残弾はあったが、次の射撃に備えておく。と、同時に右腕部ラックから“藍銅”を引き抜き、アクティベートする。白銀の超振動刃が唸りをあげた。


 《ブルー・ブッチャー》は右腕部に“カトラス”を構え、その右マニピュレータに添えるようにして、刃を下に向けた“藍銅”を握った。


 人間に当てはめれば“CQCクローズ・クォーター・コンバット”と呼ばれる戦技に分類される構え方だ。これならば“カトラス”の制圧力を活かしつつ、あの刀を捌くことができる──。


『あとは貴方だけですね。……始めましょうか』


 深紅のGSは、言った傍から機体を即時潜航(ディッピング)させた。だが、今度はレーダーが機能している。B・Bは敵の居る方向へ“カトラス”を放ち、牽制した。


『ほうほう、いい判断です』


 水飛沫を盾に、深紅のGSは距離を詰めてきた。

 再び、鋭い突きが《ブルー・ブッチャー》を狙う。


 B・Bは操縦グリップを押し倒した。連動する動きで機体が“藍銅”構え直す。

 刹那、二機の間に激しい火花が散った。

 超振動を起こす二振りの刃がぶつかり、ひどく耳障りな音が立つ。


 深紅のGSの攻め手は終わらなかった。弾かれた切っ先を返し、左から右への袈裟斬りへ繋げる。それが避けれたとみれば、左肩の装甲を《ブルー・ブッチャー》のボディに叩き付け、姿勢を崩す。次の瞬間には、敵の背が《ブルー・ブッチャー》に向いていた。

 隙ではない。逆手に構えられた刀が、脇腹の横を通って大きく突き出された。


「──ッ!」


 B・Bは、死角からの一撃に“カトラス”を叩き付けた。無骨な銃身が大きく引き裂け、《ブルー・ブッチャー》の身代わりとなって散る。


『ほう、これはこれは……』


 下卑た笑いが鳴り響く。だが、相手の動きには一切、感情の揺らぎが見られない。ただ精密に、秩序的に振るわれる、効率的な太刀筋。


 ──それはB・Bも同じだった。

 仲間が死にかけている。それは彼に焦りを抱かせた。だが、それでもB・Bは冷静に、操縦グリップを掻き回し、ナイフを振り続けている。

 どこか、思考と感情が切り離されているような感覚。


 ただひとつ、戦いへの特別な感情を除いて────。


「……ふっ」


 B・Bは、また戦場で笑った。モニター越しに、視界の全てに焦点が合う。過敏になった耳が、関節の駆動音、装甲に散る水飛沫、精密機器のノイズに至るまで、全ての音を拾う。

 限界まで研ぎ澄まされた感覚は、彼に神の如き全能の感覚をもたらした。


 やがて、B・Bは一連の太刀筋にひとつの綻びを見つけた。


 この相手、突きに重きを置いている。先の致命を狙った一撃も、死角からの刺突だった。払いの斬撃は、あくまで補助的に、切り返しと防御にしか使ってこない。


 B・Bは確信した。

 このパターンを利用すれば、相手の太刀筋をコントロールできる。


『さあ、そろそろ死んでもらいましょうか!』


 死の宣告と共に、鋭い突きの乱打(ラッシュ)が始まった。

 ──ここだ、ここで崩す。捌けるか。


 一撃目。斬り上げた“藍銅”を刀の腹に沿わせて逸らす。


 二撃目。引き戻された刀が、すぐに《ブルー・ブッチャー》の頭部を狙った。

 機体をかがめて、これを辛うじて回避する。


 三撃目、胴を狙った低い刺突。《ブルー・ブッチャー》は“藍銅”を大薙ぎに振り、刀の切っ先を大きく弾く。その瞬間、深紅のGSは微かに刀を握り直した。


「……ここだ」


 《ブルー・ブッチャー》は“カトラス”を手放したことで自由(フリー)になった右手を伸ばし、深紅のGSが握る刀の柄をマニピュレータごと抑えた。

 ──B・Bの読み通り、直上から振り下ろされる唐竹割りの軌道だった。


『なんだと……!?』


「遅い」


 右手で押さえたまま、コクピットの装甲に“藍銅”を突き立てる。

 さらに押し込むように、《ブルー・ブッチャー》はその柄を殴りつけた。


『がっ……はっ……』


 短波通信のノイズが、敵のパイロットが血を吐き出す音を運ぶ。

 小さな爆発が深紅の機体に生じて、しばしあって海原に静寂が戻った。


「──カティア、青弾二発、赤一発」


『承知!』 


 息を整える間もなく、B・Bは論理AIに命じた。《ブルー・ブッチャー》が打ち上げた「要救助者あり」の信号弾を最後にして、長い戦いの夜は終わった。


_____________________________________


 ──それから、二時間後。

 インスマス号のブリーフィングルームでは、海洋民兵の代表であるタリク、彼の側近であるキーラン、そしてジョニーを除くヴァルハラ・ホライズンの一同が集まり、デブリーフィングを行っていた。


「まず、同志ヴァルハラ・ホライズンに感謝を述べたい──」


 タリクは、セレジア、B・B、ナイアの顔を見渡して言った。

 セレジアの謀略に、彼は最後まで気付くことのない様子だった。


「敵機鹵獲には失敗したものの、諸君らの奮闘によって、現状における我々の最大の脅威が排除できたことは大変喜ばしい」


 と、タリクは神妙を顔持ちで、ポケットから何かを取り出した。

 兵士の認識票(ドッグタグ)だ。おそらく、作戦中に戦死したもう一人の側近のものだろう。


「その一方で、我が同胞──カミラ准尉が戦死したことは非常に残念でならない。同志ジョニーの容体についても、お見舞い申し上げる」


 タリクが言うと、キーランは歯噛みし、拳をぎゅっと握りしめた。


(彼女は……わたくしのプランの巻き添えとなって……)


 セレジアは罪悪感を抑えつけ、あくまでも平静を装った。


「お気遣い痛み入りますわ。おかげさまで、どうにか一命は取り留めました」

 

 セレジアはナイアを一瞥する。ギプスで右腕を固定した彼女の顔色は暗い。

 ジョニーは未だ、余談を許さぬ状況だった。腹部の破片を摘出し、傷口も縫合済み。低代謝カプセルに入れたことで一命は取り留めたものの、出血が酷かった。


「……本作戦で確認された所属不明機体についてだが、我々は引き続き、連中についての調査を続ける予定だ。彼らの目的が何であったにせよ、これで本当の終わりとは思えん。諸君らも用心してくれ」


 私からは以上だ──と、タリクが言葉を締める。


(わたくしは……すべきことをしたまでですわ……)


 タリクに代わって、セレジアが一歩前に出た。

 全員を見渡し、口を開く。


「現時刻をもって、ヴァルハラ・ホライズンと海洋民兵団ロドス海域群との共同戦線は解消されます。ですが、我々の間にはビジネス以上の信頼関係が築かれたと確信し──」


 セレジアは、自己嫌悪から催される吐き気を堪えながら、最後までデブリーフィングを総括した。

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