第十六話:宿命の予感
その日、ヴァルハラ・ホライズンが受けた依頼は、開拓者ギルドを通して回ってきた仕事ではなかった。きっかけは、広域情報通信網──オービタル・リンクの暗部にある非正規SNS「モノクローム」から届けられた一通の依頼メールだった。
メールの送り主は海洋民兵。
海洋民兵は、この惑星に定住化し、海原を故郷と見做す人々である。企業の資源開発に反対し、武力抵抗を続ける彼らの出自のほとんどは、開拓競争からドロップアウトした元・開拓者や、採掘プラントの放棄と共に解雇された労働者など。
そんな彼らから、セレジアの元に依頼が届けられた。
彼女は迷うことなく、仕事を引き受けた。──彼らからの依頼文にあった「深紅の部隊」という言葉が、セレジアの関心を何よりも強く惹き付けたのだ。
やがて採掘艦インスマス号は、ロドス海域に浮かぶ廃墟のひとつに寄港した。かつてアルジャバールと海洋民兵との会合の場となった「ブルー・レーン」から、さほど離れてもいない。彼らはその採掘プラント跡を「エダフォス」と呼んでいた。
「ようこそ、同志ヴァルハラ・ホライズン。さっそくですが、貴方たちにはブリーフィングを受けてもらいたい。私たちには猶予がないのです──」
港で出迎えた若い海洋民兵のひとりが、艦から降りたセレジアたちを先導する。
セレジアは何も訊ねず、彼の後を追った。
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セレジアたちが通されたのは、施設のコントロール・センターだった。
室内は改装され、乱雑と散らかってはいるが、部屋の中央にホログラム投影装置が置かれ、あちらこちらのテーブルに無線機器が取り付けられている。
いかにも指令室然とした空間には、既に三人の人物が待っていた。
海洋民兵の指揮官──タリク・フロストと、その両脇に二人。ボリュームのある髪を後ろで束ねた褐色肌の女性と、顔に大きな傷の目立つ、色白の大男。
最初に口を開いたのは、顔の傷が目立つ大男だ。
「まさか、開拓者の手を借りることになろうとはな……」
「口を慎め、キーラン。彼らの実力は折り紙付きだ」
私語をいさめられ、キーランと呼ばれた彼は姿勢を正す。
「……さて、よくぞ来てくれた。私は海洋民兵団ロドス海域群司令、タリク・フロスト。横に居るのはカミラとキーラン、私の直属の部下だ」
キーランが頷き、敬礼する。
女──カミラの方は動かず、セレジア一行に鋭い眼光を送っていた。
「お会いできて光栄ですわ。わたくしはセレジア・コリンズ。こちらの三人が、当クランのGSパイロット──」
「自己紹介などいらん。そこの細いトゲトゲがジョニー・バーシュ、ベレートの女が妹のナイア、何を考えているか分からん黒髪が、B・Bという男だろう」
「あ゛ぁ゛?」
ジョニーが凄むと、カミラは右足を半歩下げ、ホルスターに手を掛けた。
B・Bがジーンズの腰に差したナイフの柄に、そっと手を伸ばす。
「……おやめなさい、B・B」
「カミラ。私は先に、口を慎めと言ったばかりだが?」
ほとんど同時に、セレジアとタリクは二人を制した。
一瞬の緊張が解け、場の空気が戻ってくる。
タリクはわざとらしい咳払いの後、言葉を再開した。
「……さっそくだが、我々の状況と作戦概要について伝達する」
彼が言うと、キーランが手に持っていたスマート・パッドを操作し始めた。
室内の照明が落ち、中央のホログラム投影装置が起動する。
「現在我々は、立て続けに所属不明勢力の攻撃を受けている。これらの襲撃は、明らかに戦闘そのものを目的としている。特に我が軍のGSや海洋プラントは被害が大きい」
襲撃を受けた彼らの拠点や、破壊された兵器類の映像資料が流れる。
まさに死屍累々といったような、ひどい有様だ。
各施設は焼き払われ、GSのコクピットは念入りに潰されている。
「我々の掴んだ情報によると、開拓者たちにも同様の被害が出ていると聞くが?」
タリクがセレジアを一瞥し、尋ねる。
彼女はしばし逡巡し、答えた。
「あなた方ほどの惨状ではありませんが……その通りですわ」
「おそらく、これらの襲撃犯は同一。連中は潜水可能なキャリアー艦でGSを運搬し、神出鬼没に各海域へと現れる。まさに幽霊だ」
遠方から撮影された、十字形のキャリアー艦。十字に伸びたガントリーに固定される形で、深紅の色をした四機のGSの姿が写されている。
セレジアには、この深紅の部隊が何者であるのか、見当は既についている。
おそらくは、ソフィアの手による強化兵士の実験部隊。
彼らがやっていることは、実地での戦闘テストと見て間違いない。
だが、セレジアはそうとは言わず、あえてタリクに訊ねてみた。
「潜航可能なキャリアー艦となると、ただの海賊ということはなさそうですわね」
「同意だ。おそらくは企業の差し金……。一連の襲撃は、新兵器、あるいは新技術の類を実験するための“辻斬り”と言ったところか」
辻斬り──なるほど、言い得て妙だ。そして、彼の憶測は的確だった。
組織の長というだけあって、タリク・フロストは中々に鋭い人物のようだ。
しかし、問題はここからだ。そこまで考え至った彼が打つ次の手は何か。
「そこで、我々は所属不明勢力の機体を『鹵獲』することを決定した。それによって連中が実験している技術を解析し、対策を立てるつもりだ。諸君ら──ヴァルハラ・ホライズンには、この鹵獲作戦への協力を要請したい」
「ろかく……って何」
「敵の兵器を手に入れる、という意味ですわ」
ナイアの疑問に応えながら、セレジアは考えを巡らせた。
タリクは「対策を立てるつもり」と断言したが、可能であるならば、その技術──彼らは強化兵士とは知らないが──を戦力に取り込み、自軍を強化する腹積もりだろう。あの非人道性は彼らの組織内に議論を生むかもしれないが、海洋民兵は少年兵すら使っているほど、後がないのだという話を聞いたことがある。
最終的には、理念と理想の名のもとに、技術の導入を決定するはずだ。
もっとも、ゼニット・コンツェルンの最新技術の産物が、そう簡単に解析・再現されるとは思えないが──。否、だからこそ警戒すべきかもしれない。
技術の再現が不可能だと判断した彼らは、その情報を持ってアルジャバールとの再交渉に挑む可能性がある。そうなれば、ゼニットの名を穢す技術が、アルジャバールに伝わり、両社の間で新たな「強化兵士」の技術競争が始まる──。
それは最悪の想定だが、ありえないことではない。
タリクは息をつき、セレジアたちを見据えた。
「……襲撃の発生以来、我々の戦力は大きく減少し、士気も落ちつつある。正直なところ、こちらの保有戦力ではあの“幽霊”どもに対抗することは難しい。そこで私が思い至ったのは、あの会合で見せた諸君らの圧倒的な力だ──」
タリクの視線が、流れるようにB・Bへと移る。
確かに、彼の《ブルー・ブッチャー》の活躍は、目覚ましいものだった。
「その力、どうか我々の──この星の未来のために、貸してほしい」
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「どうすんだ、セレジア嬢」
インスマス号に戻った後、艦橋からの人払いを済ませると、ジョニーが真っ先に口を開いた。その表情には、ありありと不満の色が浮かんでいる。
「あの赤色の連中、ウチの青いのと同じなんだろ」
「兄貴、そういう言い方しない」
ナイアが軽く肘鉄を入れる。
ジョニーは打たれた脇腹をさすりながらも、続けた。
「んだよ、事実だろ。俺は御免だぜ、化け物の群れと戯れるなんてな」
鈍い音と共に、ジョニーは体を折ってくずおれた。
再び、今度は鋭い速さでナイアの肘鉄が炸裂したのだ。
「ですが、わたくしたちにはあの深紅の部隊との実戦経験がありましてよ?」
「ATS社のときのだね。正直、生き延びるだけでも精一杯だったけど……」
セレジアは姿勢を正し、一同を見渡した。
「──クラン『ヴァルハラ・ホライズン』はこの鹵獲作戦に介入しますわ。ただし、目的は敵機の鹵獲ではなく、敵機の確実な破壊でしてよ」
「え、壊しちゃうんだ」
「ええ。あれは我が家の……リング家と、ゼニットの格に泥を塗る負の産物ですわ。わたくしは、それが誰の手に渡ることも許しません」
「……ハハッ、そいつはいい」
ジョニーが嘲笑と共に起き上がった。
「今度は、本当に海洋民兵のゲリラ共を裏切ることになるわけだ」
「ジョニー、無理強いはしません。……艦を降りてもかまいませんのよ?」
「馬鹿言いやがれ。俺が逃げるときは、妹と一緒だ」
「もう、兄貴はさぁ……」
ナイアが呆れる。
と、B・Bがふいに口を開いた。
「作戦はあるのか?」
尋ねられたセレジアは、どこか神妙な顔持ちで答えた。
「──ありましてよ。とっておきで、卑劣な秘策が」