第十二話:ネゴシエーター(前編)
本日は二話連続投稿です。後編は今日中に投稿いたします:;(∩´﹏`∩);:
ブルー・レーンは、ロドス海域に建ち並ぶ無数の廃墟のひとつだ。
ロドス海域は、かつて、豊富なアビサル・クォーツ鉱脈を埋蔵していた海域であるが、今から半世紀ほど昔に起こった「青のゴールドラッシュ」による開発競争初期から、枯れた鉱脈と、無人の採掘プラントだけが残された場所となっている。
海洋民兵たちが、ブルー・レーンを停戦交渉の場に指定したのは、単に使い勝手の良い廃墟だからだろうか? 大きな港に、復旧の容易な電源施設、安定した浮揚基盤。法的な所有者は存在せず、要するに、この施設は誰のものでもない……。
確かに、この場所は二勢力が落ち合い、談合するにはおあつらえ向きだろう。
──でも、きっとそれだけじゃない、とセレジアは考える。
彼らは企業勢力である自分たちに、この星の現状を見せつけたいのではないか。
セレジアは、隣に立つ男──レイ・カークランドを一瞥した。
仕立ての良い、漆黒のスーツに身を包んだアルジャバールの交渉人は、この廃れた海を見て何を想うのか。企業の一員として、罪悪感を抱くのだろうか。あるいは、これを単なる風景として、取るに足らない情報として処理するかもしれない。
「どうかされましたか、ミス・セレジア」
「いえ……まもなくですわね」
「ええ、楽しみですよ。大仕事ですから」
交渉人はほくそ笑むと、窓の向こうのブルー・レーンを見据える。
「──機関停止!」
やがて、艦長・バートラムの号令と共に、インスマス号は港に停泊した。
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海洋民兵側の代表団が現地入りしたのは、それから二時間後のことだった。
会合はブルー・レーンの中枢制御区画──会場警護における便宜上「中央棟」と名付けられた六角柱状の構造物の内部で行われる。
六角柱状の各辺には、支持構造体と呼ばれる六つの浮揚基盤が存在し、こちらにも便宜上での名称としてA~Fまでの符号を、時計回りに割り振っていた。
ヴァルハラ・ホライズン、海洋民兵の両者が展開した警備のGS部隊は、それぞれの支持構造体付近で哨戒を行う手はずとなっていた。
「V1よりインスマス、A脚付近に異常は見られない。引き続き警戒を行う」
『了解ですわ。……敵の襲来だけでなく、海洋民兵たちの動きにも気を払ってくださいまし』
「──了解」
採掘棟の港──実際には浸水した乾ドックだが──に停泊したインスマス号からの定時連絡。B・Bは、セレジアからの指示を頭の中で反芻する。
海洋民兵たちの動きにも気を払え──。
言い換えれば、それは彼らから目を離すなということ。交渉が決裂した場合には、彼らが即座に敵対するシチュエーションも、セレジアは考えているのだろう。
『主殿、背中は任せておれ。波紋検知器でばっちり見張っておる』
「喋るな。黙って仕事してろ」
B・Bは「カティア」にそう言い捨てると、発話機能のボリュームを1%まで下げた。だが、カティアはすぐさま音量設定を適正レベルまで変更する。
『そんなに邪険にするでない。……必ず主殿の役に立って見せようぞ』
「……」
たかだがAIに対して、過剰な権限を与えすぎだとB・Bは忌々しさを覚えた。
だが、どこか憂いあるその声色が、彼の脳裏にオクシリスのリゾートでのナイアの瞳を思い起こさせる。
──じゃあ、探そうよ……。
(戦い以外の何か、か……)
B・Bはコンソールに目を落とし、カティアに訊ねた。
「……この機体にお前が搭載されたのは、お前自身の希望だと聞いているが。なぜだ?」
『おぉ? よくぞ聞いてくれた、主殿!』
一瞬にして、明るい声がスピーカーから返ってくる。まるでAIとは思えない感情の豊かさだが、これは論理パラメータが再現した偽物の喜怒哀楽に過ぎない。
『妾が主殿を選んだ理由──簡単に言えば、主殿の戦闘スタイルが最も“相性が良い”からじゃ。』
カティアは声にさらなる弾みを加えて続けた。
『他のパイロット、ナイア殿やジョニー殿では、妾の能力を最大限に発揮できる場面が限られてしまう。彼らは非常に感情的で、それゆえの強さもあるが──些か精密性に欠ける』
B・Bは黙って聞いていた。
カティアは少女の声で続ける。
『一方で主殿は、感情の揺らぎが少ない。まるでプログラムのように──ああ、これはAIジョークじゃぞ──戦闘に集中している。それが妾の分析システムにとっては理想的な環境なんじゃ。もちろん、いずれは感情的なパイロットとの協調性も確保せねばならんが……妾はまだ試作品での、ほっほっほ』
「……そうか」
ふと、耳に差したインカムが振動した。
インスマス号に居るセレジアからだ。
『V1、聞こえてまして? F脚を警備中のS3が、前方の精錬施設に怪しい影を見たと言うの。貴方の位置から確認できるかしら』
F脚──中央棟を時計回りに周った時、B・Bの居るA脚から左に隣接する支持構造体だ。A~C脚までをヴァルハラ・ホライズンが、D~Fまでを海洋民兵のシエラ部隊が担当している。
『はて、ここから見えるかの……』
シエラ部隊が運用しているGSは、SAVIO製の第二世代機 《ハイドラ》。
第二世代GSは、《ブルー・ブッチャー》のような第三世代機と比較して、想定されている交戦距離が著しく長い。当然、索敵性能もそれに付随している。
はるか遠方にある精錬施設での動きを《ハイドラ》が察知したというのも、優れた“目”の良さによるものだろう。
「……了解した」
B・Bはモニター越しの光景に目を凝らした。煌めく陽光を背に、精錬施設は聳え立っていた。逆光になって、施設のディテールは影によって潰れている。
見れば見るほど、狙撃者が潜むのには絶好の造りだ。
ブルー・レーンに付属するアビサル・クォーツ精錬施設は、F脚正面の海に浮かぶ、ひときわ巨大なプラットフォームである。
うねったパイプが遮蔽になる一方で、排熱性の関係から壁の少ない独特の構造。
当然、精錬施設からの狙撃のリスクは考慮しており、作戦開始時にセンサー爆雷と自動式のターレット・ガンを複数配置しておいた。それらを突破されるだけならまだしも、何の反応もなく狙撃ポイントに敵が着くということなどありえないはずだが。
──予感がした。
B・Bは即座に、機体を中央棟の影に隠す。その刹那、遠くで砲声が轟き、寸前まで《ブルー・ブッチャー》のボディがあった空間を砲弾が通過した。
「スナイパーだッ……!」
通信リンクに怒鳴りつけ、砲声の観測地点の座標を僚機たちに共有する。
B・Bはアーム稼働式のサブカメラを突き出し、遮蔽越しに精錬施設を覗いた。
スクリーンに迫る弾丸と、軽い衝撃、画面を埋め尽くすノイズ。
サブカメラは即座に吹き飛ばされた。
『損傷軽微、フレームに影響はないぞ』
カティアの静かな声が機体のダメージを報告する。
「よく見ている……」
“カトラス”の安全装置を外しながら、B・Bは呟いた。
その直後、インカムから怒声が流れ込む。
隣接するF脚を守っているS3の《ハイドラ》からだ。
『なぜ狙撃手が!? 警備装置はお前たちが敷設したはずだろう!』
「ああ。だが、不測の事態は起こるものだ」
『なんだと!? 貴様、よくも飄々と──』
爆発音、ノイズ、そしてシグナルの消失。
三発目の狙撃が、的確にS3の《ハイドラ》のコクピットを射抜いた。