第十一話:ブリーフィング「交渉会場警護」
「皆さん、お揃いのようで。ではブリーフィングを始めましょうか」
ホログラム光が反射するインスマス号のブリーフィングルーム。立体プロジェクタの傍らに立つその男は、室内に集まった作戦メンバーたちを見渡して言った。
「まず、お初にお目にかかります。私はウィリアム・キュービス。アルジャバール・インダストリー、兵器開発局局長を務めております。お見知りおき」
「はい! 質問いいですか!」
作戦メンバーの一人、ナイアがぴょんぴょんと跳ねるように挙手をする。
セレジアは大きく溜め息をついた。
「お静かになさい、ブリーフィングは始まったばかりでしてよ」
「はは、構いませんよ。何でしょう」
「今日はどうしてセレジアさんがブリーフィングをやらないの?」
「ナイア!」
セレジアはキッとナイアを睨みつけ、一瞬で黙らせた。
「ふふ、そちらも順を追って説明いたしましょう。今回のミッションは、これまでに皆さんが行ってきたものとは少し違う趣向になります──」
ウィリアムはホログラムを変形させ、老朽化した採掘プラントを空間に映した。
「この度、アルジャバールと海洋民兵との間で停戦交渉が行われる運びとなりました。その交渉会場に指定された旧採掘プラント『ブルー・レーン』の警護、および弊社の交渉人の護衛を、ヴァルハラ・ホライズンの皆さんにお願いしたいのです」
彼の言葉に、ジョニーは腕を組みして眉をひそめた。
「停戦交渉ねぇ……。本当にうまくいくのか?」
ウィリアムは微かに笑みを浮かべる。
「それが、私たちの望む結末です。しかし、海洋民兵たちを相手にした交渉というのは、前例のないことです。──当然、相手も警戒している。だからこそ、皆さんには手厚い護衛をお願いしたいと考え、特別な支援を用意しました。それこそが、私が皆様のもとにお伺いした“理由”です」
「ほうほう」
ナイアがテーブルに身を乗り出して、興味深げにホログラムを注視する。
彼女の期待に応えるように、ウィリアムは資料を空間に呼び出した。
現れたのは、見慣れた《ブルー・ブッチャー》──その設計図だった。
「これって、B・BのGSだよね? これが支援?」
「はい、この部分を御覧ください。」
「──これは……」
無関心を装っていたB・Bが、おもむろに眉間にしわを寄せる。
何やら見知らぬモジュールが、彼の愛機の中枢に取り付けられていた。
「これはなんだ」
「多目的支援論理AI『カティア』です。こちらを、B・B殿の《ブルー・ブッチャー》に搭載いたしたます。このAIは、戦闘中の意思決定をサポートし、あらゆる場面で最適な戦術をアシストしてくれるでしょう。パイロットの負担を軽減しつつ、さらなる高効率な戦闘が可能になるということです」
「いらない」と、B・Bは即答した。
「そうおっしゃらず。これは今回の依頼を受けて頂くうえでの条件でもあります」
「セレジア、どういうことだ?」
「B・B、どうか受け入れて頂戴。未だギルドの信用ランクがC相当の私たちに、こんな大仕事を持ってきて下さったウィリアムさんのご厚意でもあるの」
「はっ、なるほどねぇ……」
ジョニーが背伸びをしながら、ぼそりと言う。
「要するに、警護任務にかこつけてAIの運用データを取りたいって腹か」
「否定はしません。しかし、これは本人きっての希望でもあります」
ナイアが首を傾げた。
「本人?」
ウィリアムは静かに笑みを返すと、プロジェクタのホログラムを切り替えた。
「次に、警護作戦の概要について説明します。まず、機体の配置は──」
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ブリーフィングを終えたB・Bは、足早に格納庫へと急いだ。
「マハル、妙な装置の取り付けを阻止しろ」
各種点検用ハッチを解放した《ブルー・ブッチャー》の傍らで、マハルはしゃがみこんでいた。どうやら左大腿部の裏側、海水の吸入用の「捕水索」の接続コネクタを調べているようだった。
「ちょっと待ってろ、B・B。……あー、本当だ。ナットが6ミリもズレてやがる。ありがとうな、カティアちゃん」
『うむ、お安い御用というやつじゃ』
B・Bは、コクピットのスピーカーから響く女の声に気づく。
「……何だ、今の声は」
マハルがニヤリと笑い、作業を続けながら答えた。
「カティアだよ、B・B。既にお前の《ブルー・ブッチャー》に組み込み済みだ。自主点検から照準補正まで、いろいろ楽にしてくれるぞ~」
『というわけじゃ。よろしく頼むぞ、主殿!』
スピーカーから鳴るカティアの声に、B・Bは言葉を失った。
やがて我に返ったように、彼は怪訝な顔で訊ねた。
「こいつは……喋るのか……?」
『“コイツ”ではなく、カティアじゃ。質問に対しては“肯定”といったところかの。局長の“秘蔵! 時代劇コレクション”からラーニングさせてもらったんじゃ』
B・Bは無言でコンソールを叩き、カティアの声を抑え込もうとしたが、どうやら消すことはできないらしい。これに気づくと、彼は深いため息をついた。
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「そりゃ本当か? おい、デタラメ言ってたら容赦しねえぞ」
誰も居ない精錬室に、ジョニーの苛立った声が響いた。
耳に通話デバイスを押し付ける彼の足元には、何本もの吸い殻。
『ハハッ……払った金のぶんだけ信じてくれよ。さっきも言ったが、あいつは普通の人間じゃない。そのB・Bとかいうのは、強化兵士と呼ばれる実験兵器のアーキタイプで、セレジア・リングはそいつを持ち逃げしたゼニットのご令嬢さ』
「……ッ、お家騒動かよ?」
『いや……実のところセレジア・リングが何か考えてるかは分からん。それこそ、お前の方がよく知ってるんじゃないか?』
通話越しの調査員は皮肉げに笑い、ジョニーに訊ねた。
「あいつは……あいつは『力』を手に入れようとしている。あの青いのを使って、とんとん拍子に事を進めてやがる。今なんか、アルジャバールと一仕事やろうっていうんだ」
『ほう、アルジャバール・インダストリー……ゼニットの敵対企業だな』
「ああ……まさか復讐か……?」
舌打ちをして、短くなったタバコ一本放り捨てる。
『ジョニー坊や。お前、結構面倒なことに巻き込まれてないか』
「ッ、最悪だぜ。……なあ、グリム。この状況、なんとかならねえか?」
彼の言葉を鼻で笑ってから、調査員──グリムは答えた。
『なんとかって、なんだよ』
「俺は──俺はただ、妹と何も考えずに暮らせたらそれでいいんだよ。でもアイツは……あの青いのとセレジアにえらく靡いてやがる」
『──消す必要があるな。久しぶりに副業を復活させるか? ふふ……』
気味の悪い笑い声が、低音質のスピーカーからノイズとなって漏れる。
ジョニーは顔をしかめた。グリムはひとしきり笑うと、言った。
『作戦当日、あまり動き回らんでくれよ。ついうっかり風穴を開けちまうからさ……』
それだけ言うと、グリムは通話を切った。