第九話:鉄と火薬の三重奏
やがて、二隻の船が辿り着いたのは墓場だった。
──いまでは機能していない、無数の海上施設の廃墟。アビサル・クォーツの採掘プラントに、それに付随した加工施設、労働者たちの居住プラットフォーム。
その全てが人の営みを失い、物静かな廃墟としてただ海原を見下ろしている。
「仕掛けてくるなら、ここですわね……」
インスマス号の艦橋で、セレジアは誰にともなく言った。隣の艦長席に立つバートラムが、静かに彼女の言葉に応える。
「船の運航に支障の出ない範囲で、非戦闘要員のクルーたちを全員、気密区画へと退避させております。念のために武装警備員にも巡回を命じました」
彼はセレジアに向き直り、恭しく頭を下げて言った。
「──お嬢様も、どうか安全な場所へ」
セレジアは間を置かず答えた。
「結構ですわ。私は──このクランのリーダー、指揮官ですもの。逃げるわけにはいかないのよ、バートラム。たとえ貴方がそれを望んでもね」
老執事は瞼を閉じ、しばしの逡巡を置いてから、再び頭を下げた。
「かしこまりました。先のご無礼をお許しください」
「……よくってよ」
セレジアは、窓の向こうへと目をやった。この荒廃の象徴──海上に並び立つ廃墟のどこかに、敵は隠れている。艦橋には緊張が張り詰め、沈黙が場を飲み干す。
そうしていると、一人の索敵オペレーターがモニターを見据えて、叫んだ。
「右舷後方、距離800! ──GSと思われる熱源反応あり!」
「メインモニターに」
「はっ!」
艦橋の中央に配置されたモニターには、一体のミキシングGS──ジャンク品の寄せ集めと思われる──が、インスマス号をめがけて、一直線に突撃してくる様子が映し出された。ライフルやマシンガンなどの射撃装備は見当たらず、その代わりか、両腕部には籠手のような物々しい物体が取り付けられていた。
「Ⅴ2、迎撃を!」
『あいよ!』
《ダブル・ダウナー》が船体から身を乗り出し、ガトリングを掃射。毎秒数百発の25mm砲弾を吐き出す雨のような弾幕が、無数の火線を散らしてミキシングGSを海面に叩きつける。直後に、凄まじい爆発が起こり、天高く火柱が上がった。
──それが、尋常の爆発ではない。
高い波が生じて、インスマス号は大きく揺れ動いた。
『融合炉が!? どうして誘爆を!』
小型核融合炉で駆動するGSのリアクターユニットは、極めて頑強に保護されているため、多少の被弾でこれほどまでに巨大な爆発を生じさせることはない。
大抵の場合はユニットごと機体から分離し、制御された状態で爆発を回避する。
たとえ爆発が生じたとしても、それはGSの武装類に搭載された弾薬類、もしくはバッテリーなど追加装備への被弾による小規模なものである。
したがって、いまの爆発は明らかに異常だった。
「まさか……自爆特攻……!?」
「敵GS、さらに複数接近中! 先ほどと同様の自爆装備を確認!」
「──ヴァルハラ各機、敵をエフェスティア及びインスマスに近づけないで! 両腕部への直撃は避けつつ、コクピットだけを狙うの! いいですわね!?」
『そんな無茶な!』
『できるわけねえだろ!』
ナイアとジョニーが叫ぶ。無理もないことだ。
──だが、B・Bだけは、その命令を肯定した。
『……了解。Ⅴ3、インスマスの直掩に回ってくれ』
『はぁ!? お前、どうするつもりだ』
B・Bは、“カトラス”アサルト・ライフルを海面に投げ捨てると、モーターナイフ“藍銅”を右腕部のソケットから引き抜き、駆動させた。
『接近戦で、敵を殲滅する』
『死ぬぞ、バカがッ!』
『死ぬのは奴らだ…………ふっ』
──B・Bが笑った……?
セレジアは耳を疑ったが、今はそれどころではない。
『……やれますのね? B・B』
『アイ、コピー』
B・Bは静かに言い切ると、“藍銅”を片手に敵の隊列へと向かった。
◇
モーターナイフ“藍銅”は伽御廉重工謹製の超高周波ブレードであり、例えアルターカーボン製の粘り気の強い装甲であろうと、瞬時に断ち切る。
毎秒六万回というブレードの振動数、およびその刃の耐摩耗性。あらゆる性能の数値が市場に普及する一般的なモーターナイフと一線を画していた。
《ブルー・ブッチャー》は鋭い切れ味を誇る“藍銅”を手に、海原を駆ける。
その正面には、エフェスティア号に特攻を仕掛ける五機のミキシングGS。
B・Bはまず、先頭の一機をすれ違い様に解体した。爆雷を搭載した両腕を落とし、コクピットをひと突き。ミキシングGSは勢いのままに海中へ没した。
「一つ」
続けて、覆いかぶさるように爆雷を押し付けてきた一機を、下から突き上げる。
一瞬だけ推進力を停止させることで、海面下へと逃れるテクニック──。
いつしかジョニー相手にみせた、即時潜航と呼ばれる技巧を使った一撃だった。
「二つ……!」
その間、一機のミキシングGSが脇をすり抜けてエフェスティア号へ向かった。
B・Bは振り向きざまに、モーターナイフを投げつける。ダーツのように鋭く投げ放たれた刃は、背面からミキシングGSのコクピットを貫く。
「三つ!」
得物を手放した《ブルー・ブッチャー》を、二機のミキシングGSが取り囲む。
B・Bは怨念を感じた。彼らは仲間の仇を討とうとしている。
攻撃の優先対象が、エフェスティア号からB・Bへと切り替わったのだ。
彼は機体をさらに加速させ、エフェスティア号から遠ざかる。
案の定、二機は《ブルー・ブッチャー》の後をつけてきた。
B・Bが目指したのは、放棄された採掘プラントの足元──。
無数の基脚が連なった下層構造部だ。
ただ速力を上げ、基脚の合間を通り抜ける。
負けじと二機のミキシングGSはその後を追った。
彼が仕掛けたのはチキンレースだ。
一歩でも間違えれば衝突し、GSの装甲はひしゃげたスクラップと化す。
──鈍く、轟音が鳴った。
ミキシングGSの一機が操作を誤り、基脚へと正面衝突したのだ。
「四つ……!」
片側のハイドロジェットを停止させ、即時反転。
機体の右腕を突き出し、マニピュレータを平たく揃える。
再び機体を加速させ、残る一機に正面から飛び込む。
そして──、コクピットへの貫手。
装甲版がひしゃげる音と共に、《ブルー・ブッチャー》のステータス・モニターが赤く点灯した。右腕部機能が全損。ただし、敵機の撃墜とトレード・オフだ。
「五つ。殲滅完了……」
『なんだよありゃ……化け物か……?』
ジョニーが情けない声を漏らす。
トリガーを引く指は固まり、迎撃は全て妹任せになっていた。
『こっちも……これでぇ! ラスト!』
何発目かの精密射撃。ナイアはミキシングGSの両脚を撃ち抜き、次いでコクピットに弾幕を注いだ。両腕部の自爆機構を誘爆させることなく、敵を撃沈する。
『周囲に敵影なし……ヴァルハラ各機、本当によくやりましたわ!』
インカムから、心から歓喜するセレジアの叫びが伝わる。
『B・B……やっぱ貴方、最高だよ……』
息も途切れ途切れに、ナイアが賞賛する。
「俺は……すべきことをやっただけだ」
B・Bもまた、わずかに疲労の見える声色だ。
ただ黙っていたのはジョニーだ。
彼はコクピットの中で、モニター越しのB・Bを見据えている。
『どうしたんだよ、兄貴ー。アタシたち、勝ったんだよ?』
妹の問いに、ジョニーは答えなかった。彼は静かに通信回線を切ると、武装を《ライカントロピー》のマウンターに戻し、インスマス号への軌道を取った。
『──ありえねえだろ、化け物が……』
独りごちた彼の唇は、恐怖に震えていた。