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第八話:マイン・スイーパー

 放棄された採掘プラントには、澱んだ空気が漂っていた。


 鼻につく錆のにおいと、朽ちて粉になった合成コンクリート。壁に空いた穴から吹き込む潮風が、それらをおぞましい湿気に取り込んで、体に纏わりついてくる。


 まったく忌々しい場所であることは確かだが、ゲリラ作戦を展開する海洋民兵たちにとって、ここは企業の巡回部隊の目を欺くのに打って付けの「秘密基地」だ。


 この星にごくありふれた、アビサル・クォーツ採掘施設跡。その全てを、しらみつぶしに調べて回ることなど誰にも出来ない。

 なぜならば、企業どもが至上とする「費用対効果」に見合わないからだ。


 同様の理由で、鉱脈の枯れた採掘プラントを、彼らが解体することはない。

 星の恵みを搾取し、海を汚し、後はただ、捨て置くだけ──。


 いわば、その全てが企業の傲慢と堕落を示す記念碑(モニュメント)なのである。


 プラントの片隅で、年季のある金属テーブルに腰を落ち着けた男が、へこみの入ったマグカップを手にデータパッドを見つめていた。

 数日前から点検を続けていた“でくの坊”どもの各種パラメータだ。ジャンク品の寄せ集めなだけあり、新品同様というわけにはいかなかったが、この仕上がりであれば今回の運用には十分耐えきれるはずろうと、男はほっと息をつく。


「おっさん」


 男の前に、そっと影が差し込んだ。顔を上げれば、少年兵がひとりが立っている。あどけない眼に緊張を湛え、帽子の縁を掴みながら、か細い声で言葉を紡ぐ。


「ペンキがほしい」


 怪訝な顔をして、男はパッドをテーブルに放り投げる。

 彼はしばらく少年を見つめ、無言のままタバコを噛んだ。


「何に使うんでい」


「その……残したいんだ、最後に」


 言葉に詰まる少年に、男は答えを理解したように小さく頷くと、机の下から使いかけのペンキ缶を取り出した。少年は小さな手でしっかりとそれを受け取る。


 少年は小さく頷き、ペンキ缶を抱えて彼の前から立ち去っていく。


 男は舌打ちをして、それからタバコに火をつけた。が、ふと目を上げる。


 少年たちが、次々と自分のGSにペンキで何かを書き連ねている。


“怖くなんかない”


 男はじっと見守った。彼らは機体の装甲に、不慣れで下手くそな文字を、文字の書けないものは友人に頼り、真剣な眼差しでいくつかの言葉を書き連ねていく。


“僕らが自由を取り戻す”


“母さん、ありがとう”


“俺は英雄になってやる”


“メルヴィルの未来のために”


“この星の未来のために”


 言葉のどれもが、覚悟と大義に満ちていた。しかし、同時に震えた手で書かれた文字のすべてに、避けられぬ「死」への恐怖が滲んでいる。


 彼らのGSに共通して描かれたのは「証」だった。

 それは決意表明でもあり、決して戻ってくることのない──遺言。


 ──機体の両腕部にぴたりと貼り付けられた、自爆用の指向性爆雷。

 赤く明滅する近接信管のセンサーが、静かに戦いのときを待っていた。


_____________________________________


『インスマスよりヴァルハラ各機。状況を報告してくださいまし』


「こちら(ヴァルハラ)1、異常なし」


 インカムから鳴るセレジアの声に、コールサイン“V1”、B・Bは速やかに応答した。次いで、二人分の声が無線に応える。


『V2、問題ないよ!』


『……V3、何も起きてねえぜ』


 “V2”がナイア、“V3”がジョニーだ。各機はブリーフィング通りに、エフェスティア号の周囲に布陣していた。B・Bの《ブルー・ブッチャー》がエフェスティア号の船体左舷、ジョニーの《ライカントロピー》が右舷に張り付き、先行するインスマス号の甲板から、ナイアの《ダブル・ダウナー》が狙撃体制を整えている。


 出港からは、既に12時間が経過。

 幸いにも、まだトラブルは何も起きていないが、両舷の二機のどちらかが敵を察知すれば、インスマス号がすぐに火力支援に回る手はずだった。


『おい、青いの……』


 どすの効いた声が、短波通信でB・Bの耳元へと飛んできた。

 ──ジョニーだ。彼は《ライカントロピー》のコクピットに乗り込んでからというもの、いつかの威勢の良さを取り戻しつつあった。


『敵が来たら、ちょっとした勝負をしようや。どちらが多く沈められるかってな。この前は不意を突かれたが、この条件なら俺に負けは……』


「敵を確認したのか? 方位は」


 センサーのフィルターを切り替えながら、B・Bはモニターを注視する。

 ジョニーは苛立ちを含んだ声色で続けた。


『もしもの話だ、間抜け。そんなことも──』


「作戦中だ、私語は慎め」


『……ッ! てめ……』


 B・Bは彼との会話は不要と判断し、一方的に回線を切断した。


 無言の空間に戻ったコクピットの中で、B・Bは淡々と状況モニタリングを続ける。もはや、ジョニーのことなど、頭の片隅にも存在していない。彼はただ、敵の接近、異常な漂流物の検出、船体の異常にのみ気を払い、感覚を鋭くさせていた。


 と、そのとき、耳に差したインカムが振動する。

 ピリリ……、先行するインスマス号からの通信だった。

 応答するなり、強張ったセレジアの声が飛ぶ。


『エフェスティアの進路上に、機雷が! かなりの数ですわよ!』


 言うなり、前方で激しいマズルフラッシュと、吹き上がる水柱が見えた。

 インスマス号の甲板から、《ダブル・ダウナー》が掃射を行っているようだ。


『V1も機雷掃除に手を貸して、エフェスティアの進路変更まで一分かかるみたいなの。どうにか、その間だけ持たせて頂戴』


「了解した」


 短く答えると、B・Bは機体の巡航速度を上げて加速させた。ハイドロジェットの唸りがコクピットに鳴り響き、腹の底に重たい振動が伝わる。

 《ブルー・ブッチャー》はカトラスを構え、30mm装鋼弾で機雷原を薙ぎ払う。連鎖する爆発、壁のように昇る水柱。だが、一向に機雷の数は減らない。


『神経質な仕事ですわね。爆風の感覚を計算して散布されている……』


 セレジアの言う通り、機雷は一度の爆発で全滅することのないよう、緻密な計算のもとに等間隔で撒かれていた。もはや執念を感じるまでの仕上がりだ。


『──この、このこの! 弾がいくらあっても足りないって!』


 ナイアが悲鳴のような声を上げる。

 B・Bは黙ってトリガーを引き続けた。


『エフェスティアよりヴァルハラ各機。あともう少しだけ耐えてくれ。本艦はまもなく転進する。進路変更完了まで、残り20、19、18……』


 カウントダウンが進む中、徐々に爆風がエフェスティア号の船体に迫っていく。

 二人の奮闘によって、なんとか迎撃が追い付いてはいるもの、これ以上は──。


『……0! よく持ち堪えてくれた!』


 エフェスティア号の巨大な船体が完全に面舵を切り、機雷原すれすれを右に流れていく。B・Bは息をつくこともなく、静かに機体を船体の端へ寄せた。


『なんとかなりましたわね。けれど、この進路だと……』


 セレジアの脳裏を過ぎったのは、ブリーフィングでも確認した敵襲予想航路、ルートBのことだった。これほどまでに執拗な機雷原を形成した相手が、このまま逃してくれるとは思えない。

 敵は、エフェスティア号を自らのテリトリーへと追い込み、確実に仕留める腹積もりなのだろう。


『ヴァルハラ各機、警戒を。ここから本当の戦いですわよ……!』

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― 新着の感想 ―
良いクラン名ですね。 7話を読んでいた時に、BBってメカニックとは普通に会話できそうに思いました。 海での機雷を使った話は私も書いているのですけど、このエピソードは描写が細かくて参考になります! …
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