黄金のリンゴと知恵の実
人は感情に振り回される。理性を振り切り、時には論理を破綻させる。だからこそ、この世界には他人がいるのだと強く意識しなければならない。
「ねえっ、あんた!」
怒鳴り声が背後から響く、が僕は廊下をスタスタと歩く。流石に見逃されず、強引に肩を掴まれた。
「何だ、委員長?」
「呼んでるんだから……はあ、止まりなさいよ…」
「僕はあんたという名前じゃない」
「わざとでしょ……むぅっ、まあいいわ。そんな細かいことにいちいち突っ込んでいられない」
「そうか、それで?」
「ッ〜、いちいち癇に障る……これからみんなで食事会をするの、あんたも来る?」
「行かない」
「どうして?」
「それを話す必要あるか?」
「あんたかなり浮いてるけど、何だかんだで……気に入ってる子も多いのよ。クラスで孤立化したくないでしょ、適当な理由でも言いなさい」
「祖母の介護だ」
「えっ? うそ、意外……人の心なんてないと思ってた」
「君が適当な理由を上げろと言ったんだ。それで納得したなら戻ればいい」
「嘘なの?」
「勝手にしてくれ、僕はもう帰りたいんだ」
「ちょっと待って、空いてる日はある?」
「何故?」
「そんなの、全員集まって後日会するからに決まってるじゃない」
「……僕は行かないから、適当に口実を付けて説明してくれればいい」
「はあ? 何であんたのために理由をつけてあげなきゃいけないの? 一日くらい空いてる日はあるでしょ?」
「用事がある」
「また適当な理由?」
「図書館で時間を過ごすんだ、静かな場所でゆったりとした時間を過ごす」
「友達とは遊ばないの?」
「遊ぶ必要あるか? 僕は静かに本を読みたいんだ、喧騒は好きな人たちでやればいい」
「それはいつでもできない?」
「特別な時間を必要だと感じていない」
「あー言えばこういう」
「委員長も同じだと思うが」
「……分かった、後で伝えておく」
「やっと素直になったわね」
「素直じゃない、根負けしたんだ」
「はいはい、私はお節介ですよ」
「何故、そうも僕を誘ったんだ?」
「別に? 大した理由じゃないよ」
「そうか、委員長は昔からじゃじゃ……お転婆だから、不思議に思っていた」
「……ふうん、よく見てるんだ。私、あんたは人に興味がない機械だと思ってた」
「人間だが?」
「そんなの分かってるわよ! まったく、あんた実は甘えん坊って家族に言われてたりしない?」
「……知らん」
「あっそ、どうだっていいわ。いつものように独善的でも構わないけど、偶にはみんなに顔を出しなさい。良くも知らないのに、敵視するやつが一番面倒なのよ」
「そうか、それじゃ」
委員長の考えは理解できない。何故あそこまでまとめようとするのか、献身的なのか。誰に対しても偏ることなく、ただ真面目に縁を繋ごうとする。もしかしたら何かに駆られているのかもしれない……僕には関係ないが。
本当のことを言うと、途中で切っても良かった。適当な返事をして約束を誤魔化そうとも、委員長なら適当に手を打ってくれるだろう。
だが、それは委員長を裏切る行為だ。期待ほど一方的なものはないが、多少は妥協しなければならない。相手を否定することは簡単だ、だがただ他者を否定し続けた果てには何があるのだろう。僕たちは完璧ではない、だからこそ人との関係は重要なのだと思う。
もしパンも買えない弱者に陥ったとき、誰がそんな高慢な者を助けようと思うだろうか。
この世界は一人だけのものではない、だからこそルールがある。何処にいようと、よほどの秘境出ない限り物理的な接触は避けられない。この世界には他人がいる。人々は様々な課題を抱え、出会うときは人生という過程の一部に触れているに過ぎない。
緩やかな時間も悪くはないが、時折訪れる変化の驚きも悪くない。