逆転勝利
時間は少し遡りアイリがカラー新聞を受け取った瞬間に戻る。
「はいこれ、でも無理しちゃだめよ」
「ありがとうお姉ちゃん。でもここで無理しないと、わたし多分もう正直な気持ちで生きていけないよ。ずっと引きずって後ろ向きで誰かを羨んで、そんな日々が待ってると思うの。だから……これはシオンさんのためでもあるけど、わたしのためでもあるの」
「そう、それならいいわ。でも変なやつに襲われそうになったらこれを押すのよ」
ボタンを手渡すムクドリ。
「これは?」
「押したら相手に向かってビームが飛んでどてっぱらか眉間に風穴開けるから」
「怖すぎるるよ!」
「嘘嘘ただの防犯ブザーだから」
「ありがとね」
走って校門から出て行く成長した妹を見送るムクドリ。
「部長、あれって結局何なんですか」
「ん、GPSと盗聴機能のついた防犯ブザーですの」
「それ犯罪に近いですよ」
「さぁて、まだまだやることがあるんですのよ」
妹とは反対に校内に向かって、放送室へ向かった。
「絶対にシオンさんを退学になんかさせないんだから」
学校近くの家のポストへカラー新聞を投函していく。こういったことは地域住民の声が大きいのではないかと考え、ここいらの家に投函するよう話し合ったのだ。女子生徒二人は共に体力に不安があるため予め話し合って配る場所を決めて被らないようにしていた。
北と東がアイリで南と西がもう一人の女性が担当していた。
一軒一軒ポストへ入れていき、少しでも早く終わらせられるよう体力がないのにもかかわらず走って投函していく。
「あ~ちょっと、変なの入れないで、そんなの要らないから」
「ごめんなさい」
偶然家主と遭遇して断られることもあったけれど、強引に渡すこともできず、すぐに次へと向かった。
元々そういうことが苦手なためお願いしますと食い下がることができなかったが、それでもそれは一枚でも多く配ることを目的とした場合悪いことではなかった。
一軒一軒、一枚一枚ポストへと投函していく。主に一軒家が多いのは、マンションよりも一軒家で地域に根差した人の方が発言権が強いかもしれない、この学校の卒業生だったりその親かもしれないという目論見もあった。
そろそろ疲れてきて、最後に一枚投函してから一度公園で休もうとしたその直前――
「ちょっと、何してるの!」
「はわわ……ごめんなさい」
「それは何。まさか……ゴミでも人の家のポストに入れようとしたんじゃないでしょうね! よく見たら制服じゃない、学校サボって何してるのちょっと見せなさい」
カラー新聞をばっと奪い取られる。
見出しには大きく無実の生徒が退学させられようとしている、と大きくあるためゴミではないと分かってもらえると思うが不安だった。
じっくりと読んでいる。本当はすぐにでも次の家に入れるか休憩したいのだが、さすがにここで次へ行くと対応が不味すぎる気がした。
「…………」
隅から隅へ読み進めていく六十代ほどの恰幅のいい女性。
「これ本当なの?」
「は、はぃ。わたし……こういう性格なのではっきり、言えないんですけど、それで……困ってたら助けてくれて。だけどどうしてかその人が悪いみたいになってて……えと、えと」
「家でお茶飲んでいきな。ゆっくり話してごらん、ちゃんと聞くから」
半分近くは配り終えていたことと一度休憩しようとしていたため、深く頷いて家へ上がらせてもらうことにした。
懇切丁寧に説明すると、おばちゃんはうんうん頷いてちゃんと説明を聞いてくれた。
「とにかく恩人で、大好きな人がえとその……大変なんです。だからこれを一枚でも多く配って地域の人に助けてもらいたくて」
「うんうん」
最初の強引な感じとは裏腹に静かに聞いてくれていた。
「人間と関わってみたいって凄くいい笑顔で話してくれたのに……それなのに何も悪いことしてないのに、ペットのウサギを助けただけなのに夢を絶たれるなんてあんまりです」
自分のことのように悲しくなり涙が溢れてくる。
「いい話だねぇ、おばちゃんに任せときな!」
力強い言葉とともに胸を叩く。
「ありがとうございます。まだ配り終えていないので頑張ります、お茶美味しかったです」
すっかり時間が経過してしまったがこれだけ親身に聞いてくれて嬉しかった。一市民がどうできるのかは分からないがおそらくは抗議の電話など何かしてくれるのだろう。温かい気持ちが胸を占めた。
予想通りどこかへ電話をかけ始めるおばさん。
「ちょいとスコット! あんたんとこの……」
電話の内容は聞くべきではないだろう。
お茶を飲んでゆっくり身体を休められた分だけまた走り始めた。
「色んなところから電話がかかってきてまして、なぜシオンという生徒を退学にしたのか、と。電話が鳴りやまず回線がパンクしそうです!」
「何だと! どういうことだ!」
息せき切って走り込んできた教頭の言葉に驚愕する。
「分かりません」
校長の怒声にも教頭は困惑するばかり。
「なぜ今の議題が外に洩れているんだ! ……何をしたんですか、シャルロッテ生徒会長」
「私は何も。御覧の通り校長と交渉しているだけです、わたくしではなく彼女を慕う別の誰かが協力したのではないかしら」
「気弱そうな少女を助けていたところを見たとか重い荷物を運んでくれたとか、子猫を一緒に探してくれた優しい生徒がなぜ退学になるんだと抗議の電話でパンパンです」
「彼女は確かに遅刻することも多かったです、ただそれはいつも何かしらのトラブルに巻き込まれたり、誰かを助けていたからに他なりません」
「何度か彼女の特徴をとらえた女性へのお礼を言われましたわ。素敵な生徒さんですねと」
「特徴とは?」
「長い銀髪に青メッシュ、それから身長が低い上に胸もなく天使の輪っかを手裏剣みたく投げ、凄まじい破壊力を持つ驚異の握力で問題解決するなどなどですわ」
ここへきてシオンの善人っぷりが露わになると困るのは一人。
悪者のままならば暴力で解決するためまだラインハルトの話にも信憑性がごく僅かながら残されていたものの、さすがにただ目つきが悪いだけでじつはいい人でした、な彼女が話も聞かず殴りかかるとは思えなくなる。
「い、いやいやいや……校長。俺を処分するってことは誰を敵に回すか分かってるのか、校長の首が飛ぶかもしれないんだぞ」
身振り手振りを大袈裟にして訴えかける。
理事長の息子というだけで自分が偉いわけでもないのに身分をかさに着て校長を脅すラインハルト。
(いい度胸してますわね)
そこへ電話がかかってきた。
「わたくしじゃありませんわ、こんな趣味の悪い着信音」
派手派手しくやかましい音に首を振るシャルロッテ。
「お、俺だ。親父からだ。ははっこれが最後だぞ校長。俺の一声であんたの処遇が決まるんだからな、電話を終えるまでに決めておくんだな。もしもし」
『もしもし、私だ。ラインハルトか』
「俺だ、今何も悪いことしてないのに罪を着せられそうになっててさ、頼むよ親父。校長に一言言ってやってくれねえか」
この発言に校長の顔が青褪める。
『バカ者!』
「ひぇっ」
息子を怒鳴りつける声が電話越しにシャルロッテの耳まで届く。
『昔大変お世話になった女性からお怒りの言葉が届いた。本当かどうか調べてみると貴様の蛮行がどんどん出てくるではないか! お前は一体天使の梯子で何を学んでいるのだ。何も学んでいないというのであれば貴様に通う資格はない、彼女の代わりにお前が辞めてしまえ!』
「そんな、待ってくれ親父。親父!!」
『プッ。ツーツー』
電話が切られてしまう。
そしてすぐさま校長室の電話が鳴り響いた。
「は、はいもしもし天使養成機関、天使の梯子で校長をしているキースです」
『理事長のスコットだ。シオン……といったかな、彼女の退学処分を取り消すことを検討してくれ。勿論隅々まで精査した上で最終決定はしてほしい。体面など気にせず間違っていると思ったらすぐにでも復学させるように』
「分かりました」
電話が切られ受話器を置く。
「それではわたくしはこれで……」
カラー新聞を机の上に置いたまま、崩れ落ちるラインハルトを尻目に部屋を後にし、証言をした少女もラインハルトをちらちら見やりながらもついてくる。
さて、次回で最後ですがエピローグのため短いです。それなら一緒にやってもよかったんですが、プロローグがあってエピローグがないのは駄目だろうということで分けました。
台風と大雨気を付けてください。