真実と逆襲
自分の名を書かれた紙を前にして呆然としてしまう。
「何で……っ、何でいつもこうなるんだ!」
やり場のない怒りをぶつけるように吐き出す。
背後を通り過ぎながら生徒らがコソコソ内緒話をしながら通り過ぎていく。
そこへムクドリがやってきた。
「退学と知って妹がどれだけ悲しみ泣いたことか。約束を破ったシオンさんには罰を受けてもらいます」
「……っ、悪かったな」
「ええ。ですから罰を受けるためにもシオンさんには帰ってきてもらわなければいけませんの、絶対に」
「勝手にしな、大人の決定を覆せるとは思えねえけどな」
「勝手にさせてもらいますわ」
ぎゅっと拳を強く握る。
(アタシはただイチを守りたかっただけなのに……何でアタシだけ退学になるんだよ!)
『退学者シオン』
そう書かれ掲示板に張り出されている紙を殴りつけて来た道を戻る。
「残念ですわ」
校門を出るところで生徒会長のシャルロッテが校門にもたれたまま話しかけてきた。
「生徒会長サマからすりゃうるせえ問題児がいなくなって清々したんじゃねえか?」
「そう思われるのも心外ですわね。わたくしは貴女のことを買っていましたのよ」
「へえそりゃ初耳だな。それはそうとこの間は助かった、ありがとな」
「わたくしは何もしていませんわ」
知らんぷりしてそっぽ向くシャルロッテ、僅かながら頬が赤らんでいる気がしたのは気のせいだろうか。
「ライバルがいてこそ輝くというものですわ。このままではわたくしの学園生活に張りがなくなってしまって困りますわ」
「知るかよ。引き立て役が欲しいだけならいくらでもいるだろ」
「ただのモブに興味はありませんの。ライバルとモブの違いも分からなくて?」
「知らねえよ」
「このままで本当によくて?」
「いいも悪いも、アタシに何ができるってんだ。もう決定が下されてんだぞ」
「それで諦めてしまうんですのね」
これ以上話していても辛くなるだけなので振り切って学校を後にした。
そこまでいい思い出もない、特に誰かと一緒に何かを成し遂げ学園祭を頑張ったとかクラスのみんなで何かをしたなんて思い出はない。それでも……やはり自分の生活の一部だったのだ。
花壇に咲く可憐な花が好きだったし屋上から見るこの街の景色も好きだったし、放課後の部活に励む生徒たちの一生懸命な雰囲気や張り上げる声、体育館のキュッという足音、ボールを突く音。
そのどれもが愛おしい。
天使の梯子から遠ざかると涙が溢れてきた。
「何で……アタシだけ。アタシが何をしたんだよ」
ただ真面目に授業を受けてきたはず、困っていた生徒や後輩を助けはしたが何も悪いことはしていない。
それなのにどうしてこうなったのか理解できない。
ガチャリと鍵を開けて家の扉を開ける。
助け出したイチをケージから出して近くでうずくまる。
「もっきゅ?」
いつもと雰囲気の違うシオンを心配したのか小首を傾げながら小さく鳴いてすり寄ってくる。
「ごめんな、ここでの生活も慣れてきたのに……引っ越ししなきゃいけない。てか実家に戻るのか」
「もきゅもっきゅぅ」
「迷惑ばっかかけてごめんな。この前も怖かったよな、知らない奴に攫われてさ」
体育座りでうずくまるシオンの膝に乗り、ぺろぺろ涙を舐めるイチ。
「何で……こうなったんだろうな。アタシの何がいけなかったんだ」
シオンが家に辿り着いた頃、シャルロッテは新聞部のもとを訪れていた。
「奴らの不正の証は手に入らないんですの、それでも新聞部ですの?」
「そう言われましても……」
平部員が対応に苦慮していた。
「ありますの」
「何ですって?」
「証拠があると言ったんですの。奴らが彼女のウサギを盗み、またこれまでの悪行の数々の、ね」
「なぜ今まで出さなかったのかしら」
「妹と関係なかったからですの。ですが彼女の退学で妹が心底悲しんでおりまして、胸が痛いので彼女の退学を取りやめさせ妹の笑顔を取り戻すため闘う決意をしましたの」
「噂通り妹が関係しなければ動かない天使ですわね」
「誉め言葉として受け取っておきますの」
「新聞部の部長として頭がおかしいと言ってるんですけどね。ちっとも褒めてませんよ?」
「準備をしますので一時間くださいますか」
「分かりました。頼みましたわよ」
下準備はムクドリに任せてシャルロッテは教室ではなく生徒会室へと向かった。
そこへ水泳部のマリンが訪ねてくる。
「あいつの退学ってなんとかならねえのかよ!」
「今対策を練っているところですわ」
「あたしにできることは何かないのか、何でも言ってくれ! あたしはあいつのおかげで泳ぐことが楽しいって思い出せたんだ、この先も水泳を続けようって思えたんだ」
「貴女にしかないネットワークで退学にされそうな生徒がいることを世間に発表してくださいな、もちろん無実の罪を着せられているとね」
「それ本当なのか?」
「盗まれた自分のペットを取り戻すために闘ったら彼女だけ退学にさせられた。これが事実ですわ」
「許せねえな。でも済まねえ、あたしはSNSとかしてねえんだ」
申し訳なさそうなマリンから目を離し、シャルロッテはPTA用に書類を作成していく。
「できましたの!」
そこへムクドリが生徒会室へ走り込んできてカラー新聞を会長机の上に広げた。
「これをできるだけコピーしてくださいますか」
「できるだけ?」
「ええ。運動部なら走れますわよね、街中にこの新聞をばら撒いてくれませんか」
「それなら任せとけ! 運動部の部長にもつてがあるからそれを頼って他の奴にも聞いてみるよ」
「それ、俺らにも手伝わせてくれねえか」
近くで話を聞いていた野球部の部長が中に入ってくる。
「なぜですの、貴方に何のメリットがあるんですの」
「俺も今日知ったんだが……噂になってる校長室のガラスを割ったってやつ……」
「ありますわね、そんな噂」
「あれじつは野球部の一年みたいなんだ。自主練してた一年二人がキャッチボールですっぽ抜けたボールが女子生徒を直撃しそうになって、それでシオンという生徒が女子生徒を助けてボールを弾いてくれたから怪我はなかったみたいなんだが、その……校長室の窓ガラスが割れちまって」
そこで一度区切る。
「謝ろうとしたらしいんだが……レギュラーが遠のくと思って怖くなって逃げだしたらしい。そうしたらいつの間にか彼女のせいになってて……最初は罪悪感はあるもののラッキーって思ってたそうなんだが、退学と知って耐えきれずさっき俺のところに報告と謝罪に来たよ。謝るのは俺にじゃないんだが。そんなわけで手伝わせてくれないか」
「人手は多いに越したことはありませんの。もしもし、さっきのデータできるだけコピーしてほしいんですの」
前半は野球部の部長に、後半は電話をかけて新聞部の部員に言う。
「お姉ちゃん、私も手伝うよ」
アイリがか弱い声を上げた。
「アイリは身体が弱いじゃない。お姉ちゃんたちに任せておけばいいのよ」
「助けてもらったのに何もしてあげられないなんて嫌だよ、私も何かしたい!」
そこへ二人の女子生徒も駆けつけた。
「私たちも手伝いたいです」
「あなたたちは?」
「私はさっき野球部の人のボールが当たりそうになったのを助けてもらったって。もう少しで怪我するところを守ってもらったのに……勇気がなかったから噂を否定することができませんでした。みんなと同じにしないと無視されたり苛められそうで怖くて……」
「私は花壇を守ってもらいました。花が大好きでお世話をしてるんですけど、荒らされそうになった時に」
「そうだったんですね、あなたたちも今まで正直に言えず辛かったでしょう。では女性陣は近くの家に一軒一軒ポストに投函してくださいますか。ただ花壇を守ってもらった貴女は証言してほしいので残ってもらえるかしら」
『はい!』
「野球部とマリンさんは駅前で配ってください」
「分かった、任せろ!」
「任せて!」
元気に返事をして新聞部のもとへ走る、まずはコピーを受け取ってからなのだが、ここで待つより自分たちで行った方が速いと考えたのだろう。
「アイリたちの分はお姉ちゃんが持っていくから下駄箱で待ってて」
「分かりました」
「お姉ちゃん」
これまでにない頼りにされた目で見つめられてムクドリが照れたようにカーキ色の帽子を下げた。
「ふ~。さぁて準備も整ったみたいですし、いっちょやってやりますか。まったく退学した後まで世話を焼かせるんですから困ったライバルですわ」
金髪縦ロールをかき上げて立ち上がる。
カラー新聞を手に校長室へと向かった。
コンコンコン。三度ノックして待つ。
「どうぞ」
「失礼いたします」
中から声がして礼儀正しく中に入り一礼した。
「どうかしましたか、シャルロッテさん」
「校長先生、お話があります」
「何ですか、我が校始まって以来の天才と称されるシャルロッテさんがわざわざ校長室に来るなんて初めてですね」
「じつは今日退学処分を下したシオンさんを復学させていただきたいのです」
「いやいやそれは無理な相談ですよ。一度決定したことを覆すことも無理ですし、何より彼女は問題児です。これまでも数々の問題を起こしてきました、それらを大目に見てきた結果がこれです。十人以上の男性を病院送りにするというどうしようもない事件を引き起こしたのです。そう、これは事件なのですよ。それに問題児を退学にできたことは生徒会長としてもいいことではないのですか」
校長は何も悪いことをしていないし当然といった様子で取り消さないと断固拒否されてしまう。
(まぁ当然の反応ですわね)
一度下した決定を学校側が簡単に覆せるはずもない。そこにはプライドや体面といったものが関わってくるため、ここまでは想定内だ。
「彼女は盗まれた大切なペット、いえ家族のウサギを取り戻すために一人で十人以上の不良学生たちと戦ったんですよ。それなのに彼女の家に不法侵入しウサギを盗んだ彼らが一切処罰されず彼女だけ退学なんてあんまりではありませんこと?」
「盗んだ、不法侵入!?」
よもやそんな単語が出てくるとは思いもしなかったのか校長は目を丸くして驚きの声を上げた。
「学校側がこんな暴挙を許すのであれば、そんな環境で一人前の天使になどなれるか疑問ですのでわたくしも別の学校への転校などを検討せざるを得ませんね」
「待ってくれ、学園始まって以来の天才と謳われる君が転校などすれば我が校にとってどれだけの損害が出るか」
「ではお考え直しくださいますね」
「うむむいやしかし待ってくれ」
「あのですね、何もわたくしは不正をしてほしいなどと頼んでいるわけではございませんのよ。ただ何が正しいのか公平に判断してほしいと言っているだけです」
「だが一方的に言われても偏るのでその盗んだ相手というのをここに呼んで一緒に話を聞いてもいいかね」
「ええもちろんですわ」
当然とばかりに頷く。
「おいおいどうして被害者の俺がこんなとこに呼び出されなきゃいけねえんだ」
数分後、ラインハルトが校長室へと入ってきた。
「君が彼女のウサギを盗んだと彼女が証言しているのだが」
「理事長の息子である俺がそんなことするわけねえだろ」
圧をかけられて汗を拭う校長。
「証拠もありましてよ」
新聞部の用意したカラー新聞にウサギの入ったケージを見せつけるように持っている理事長の息子がバッチリ写っていた。
「い、いやそれは……俺もあいつらが盗んだことに気付いて奪い取ったんだよ。で、返そうとしたらあいつらと一緒にボコボコにされたんだ、ただの被害者に過ぎねぇんだよ俺は!」
(苦し紛れですわね)
そう思うものの決定的な証拠はない、この写真一枚ではそこまでは分からない。
「それに他の奴らは何て言ってるんだ?」
「みな口を揃えたようにいきなり殴られただの、今まで金を取られ脅されてきただのと言っているよ」
「そうだろう、大体これまで散々悪さしてきたあいつの言葉を信じるなんてどうかしてるぜ」
「それに彼女には真面目で問題一つ起こしたことのない彼をいきなり突き飛ばして怪我を負わせたという事実、前科があるからね」
厳然たる事実を述べてシャルロッテを見やる校長。ラインハルトはというと顔を俯かせて笑っていた。
「それならこっちも証人を呼んでいいかしら」
「ああもちろんだ」
どこかへ電話をかけるシャルロッテ。
そして数分後、気弱そうな少女が校長室の扉を叩いた。
「彼女は?」
「花壇のお世話をしている少女ですわ。あの日も彼女が花のお世話をしていた、そうよね」
「はい、そうです」
「へ~、それじゃあそいつが、俺があいつに突き飛ばされて怪我をするところを見てたってことかな、そうだよな?」
気の弱い少女に対して圧をかけるように喋り出すラインハルト。
少女は拳をきつく握りしめる。ここで逃げたらあの時守ってくれた彼女を守れなくなる、今度は自分が守らなければならない番だ。どれだけ怖くともここだけは引いてはいけない。
(逃げちゃダメ、ここで勇気を出さなきゃ、今度は私が守るんだから!)
ラインハルトの目を見ると怖い、怖くて身体も動かなくなるし喉も動かなくなってしまう、だから真っすぐ前だけを見て正直に告げた。
「あの日、私はお花にお水をあげていました。あと少しで咲きそうなお花があったので。そうしたらそこへラインハルト先輩がやってきて、その花を踏み潰そうとしたんです」
「おい、デタラメ言ってんじゃねえぞ!」
「私がそれを必死に身体で覆って守ると、私の背中を蹴ったり踏みつけてきました。それを見ていたシオンさんがラインハルト先輩を突き飛ばしたんです。その時運悪く怪我をしたのか、それとも怪我自体していないのかは分かりませんけど、それが事実です」
「おいっふざけんなよ! そんな適当なこと言って俺を貶めてどうするつもりだ!」
「ふぅむ。ではなぜ今の今まで黙っていたのかね」
校長が顎を触って正論を訊ねる。
「あの時本当のことを言えばシオンさんではなく私があることないこと言われて苛められると思ったからです。生徒の間ではラインハルトさんに逆らった人は酷い目に遭わされるというのが暗黙の了解というか、よく噂されていましたから。怖かったんです、逆らえるだけの勇気が、なんだそんなものって跳ねのけられるだけの強さが私にはありませんでした。ですが……」
そこで一度区切り、校長の目を見てしっかりと告げる。
「私を守ってくれた優しいシオンさんが退学になるって聞いて、居ても立っても居られなくなり、こうして事実を話す勇気を振り絞りました」
(シオンさんだけが退学なんて、こんなの絶対に間違ってる!)
恐怖が残っているのか瞳に涙を浮かべてこの後のことなど知らないとばかりに全てをつまびらかにした少女を温かい眼差しで見つめるシャルロッテと、怨嗟の眼差しを向けるラインハルト。
少女から校長へ視線を移動させて問う。
「どうですか、これでも前科があると思いますか?」
「デタラメだ、その女が適当言って俺を嵌めようとしてるだけだ、品行方正な俺がそんなことするわけない、そうだろ。俺を信じてくれよ校長先生!」
そんな時だった、校内放送で何かの音声が流れ始める。
『くそがっ、あいつ一回痛い目見ないと分からねえみたいだな。どうやってボコボコにしてやるか』
『あいつが大事にしてるって噂のウサギがいるみたいなんですがどうですかね』
『ペットってのはウサギのことだったのか。で、ちゃんと調べてきたんだろうな』
『そりゃもちろん』
『奪って脅すか。ンで全員でマワして写真とか動画に撮ってやればこれからずっと性奴隷にでもできるんじゃねえか。胸はねえけど顔はいいからな、遊ぶだけなら遊んでやってもいいか、ぎゃはははは!』
『いいっスねそれ、胸はないけど』
『家の鍵は任せとけ、理事長の息子だって言ったらマスターキーくらい用意できるからよ』
『さっすがラインハルトさんスね! マジぱねぇ』
『あいつに恨み持ってるやつとかに声かけとけよ』
『任せてください。アッ君もこの間ボコられてやり返してやるって言ってたから協力してくれますよ』
そこまで会話が続いて放送が切れた。
(さすがにタイミングがドンピシャ過ぎる気がしますけれど、まさか盗み見してませんわよね。このタイミングでバレたらさすがに弁解のしようがありませんわよ)
「こ、これは……俺じゃない。俺じゃない!」
ラインハルトが狼狽え慌てふためき汗をかいて首をぶんぶん振り否定する。
「ですが名前を呼ばれていますが」
「あれはっ……俺を嵌めるために誰かが俺の真似をして、俺の名前を呼ばしたんだ!」
「専門の人に聴いて誰の声か調べてもらえば分かると思いますけれど」
「いやそれは……」
「なぜ嫌がるんですの。本当に利用されているのだとすれば、無実であることを証明するためにも調べてもらった方がいいと思いますが」
シャルロッテの正論に目を泳がせて言葉に詰まる。
そこへ勝手にテレビが点いてとある映像が映し出される。
『おいさっさと運び出すぞ!』
そこにはウサギをケージごと運び出そうとするラインハルトの姿がバッチリと映っていた。
『はい。でもさすがですね、本当にマスターキーを用できるなんて』
『にしてもウサギ周り以外汚ねえなこの部屋。足の踏み場がってほどじゃねえがもう少し綺麗に掃除しろよ。てかお前も後ろ足でドンドンしてんじゃねえ、少しは大人しくしやがれ』
泥棒に部屋を汚いと言われてしまう天使。
ウサギがドスンッと後ろ足でケージを踏みつけるものの、ケージの中のため怖がることなく運び出されてしまう。
カメラから複数の男たちが消えたところで画面も消えた。
「これは……?」
「い、いや……知らねえ、何だよこれ」
決定的すぎる証拠と良すぎるタイミングに困惑する校長と顔がバッチリ映っていて狼狽えるラインハルト。さすがに隠しカメラがあるとは思いもせず素顔のままだったため、丸見えだった。
「校長っ、校長!」
そこへ教頭が扉を開けて走り込んできた。
「なんだね騒々しい」
「色んなところから電話がかかってきてまして、なぜシオンという生徒を退学にしたのか、と。電話が鳴りやまず回線がパンクしそうです!」
どうも、三度の食事より漫画アニメが好きな桜空です。
暑さで溶けそうですが負けずにがんばるぞい。