出会い
「はぁ、朝はヤバかった」
後輩の一年みたいだったが庇護欲のそそられる可愛らしい少女だった。身長も低くツインテールの髪も垂れ目気味で上目遣いされるともう何でも買ってあげたくなりそうで、それでいてあれだけ胸が制服を押し上げていれば連れ去りたくもなるというもの。
「おーほっほっほ。まぁた朝から何かやらかしたみたいね」
席に着くなり姦しい声が聞こえてきたので鬱陶しそうに見上げた。
高笑いを上げる金髪縦ロール美女でむかつくほど巨乳娘は嘘みたいだが生徒会長だったりする。
(こんなのが生徒会長って、大丈夫かこの学校。しかも学園始まって以来の才媛とか呼ばれてるってマジか)
「何もしてない。つか朝っぱらからその高笑いは頭に響くんだよシャルロッテ」
「さんをつけなさい、先輩ですのよ。そして生徒会長ですのよ」
「どうでもいいだろ」
「まぁどうせそのへこむほどない貧弱な胸を馬鹿にされて頭にきたのでしょうが、こ、こら何をするのですやめなさいこの筋肉ゴリラ! 天使の輪っかが外れるわけないでしょう!」
ムカッときて輪っかを遠くへ投げ飛ばそうと掴んだ美少女の手を必死に掴む生徒会長。譲れない闘いがここに勃発した。
「え。外れないのか?」
愕然として思わず手を離してしまう。
二人してぜえはあ息切れしているところを見るに全力の攻防だったのだろう。
「天使の輪っかが外れるわけありませんわ、まったく」
「じゃあ……アタシのこれは何なんだ?」
「知りませんわ、大方まがい物ではありませんこと」
「天使の輪っかにまがい物があってたまるか!」
それはそうだが取れない生徒会長シャルロッテの輪っかと比べてしまうと偽物感が出てしまう。なんだか輝きまでくすんでいるように思えてきた。
授業開始の鐘が鳴り生徒会長も帰っていく。
「わざわざ嫌味だけを言いに来たのか。意外と生徒会長も暇なんだな」
一人前の天使となるべく人間界がどんなところか、人間界だけでなく天界の常識的なことなども学んでいき、天使のあるべき姿や人間との関わり方なども学んでいく。関わるといっても直接ではなくどう手助けをすればいいとかそういった面でだ。
正直つまらないと思うけれど、これもやらなければならない。一人前の天使になるには最低限授業を受けなければならないのだ。
「人間か……まだ会ったことないけど、どんな奴らなんだろうな」
「それ……今教えてるんだけどな~」
こめかみに青筋浮かべて表情を引き攣らせる教師。
「いやいや実際どんなのかなって。会うまで分からないじゃないですか。それに一人ひとり違うと思いますし」
さすがに教師には敬語で話す。ちなみに以前投げられたチョークを手で掴み粉々に砕いたことがあるため教師は投げることを諦めていた。
授業が全て終わって放課後、廊下を歩いていると前からきた生徒たちが道を開けて端に寄る。
(そんなに怖いか?)
内心でショックを受けながらもなんでもない風を装って帰ろうとしたのだが、妙な天使に出くわした。カーキ色の帽子を被った丸眼鏡で頬にそばかすをつけた上級生が他の生徒とは正反対に寄ってくる。
「どうも、新聞部部長のムクドリと申します」
「あ、ああ」
(へえ、アタシが怖くなくて寄ってくる奴は久しぶりだな)
自分から寄ってきたのは生徒会長以来と記憶している。
「今朝妹のアイリを助けてもらったみたいで、ありがとうございます」
「妹……あああの可愛い天使か。いや別に、なんもしてねーよ」
(アイリっていうのか、見た目と一緒で可愛らしい名前だな)
よくよく見ればカーキ色の下の髪が濡葉色だ。
「いえいえ妹はもう貴女のファンにでもなりそうな勢いで捲し立ててきましたよ、あんなに元気にはしゃいで楽しそうに喋る妹を見るのは珍しいですからね」
「そうか。妹さんが明るくなったならそれはよかった」
正直お礼のために話しかけてきたようには見えないのだが、それだけなのだろうか。何だか危険な雰囲気を感じ取り足早に立ち去ろうとした。
「それはそうと私は妹が大好きなので、もし妹を泣かすようなことがあれば秘密を全校生徒に暴露させていただきますので覚悟してください」
だが話しかけてくるムクドリ。しかも呟いた言葉が不穏過ぎる。
「あぁ? アタシにバラされて困るような秘密なんかねーよ」
「そうですか、それならいいのですが」
「つうかいいも悪いも言ってねえのに勝手に約束したみたいになってるじゃねえか。それはもしかして脅しか?」
「まさか。妹を助けていただいた恩人に脅しなど。ただ気を付けてくださいと言っているだけです。この新聞部部長のムクドリからは何者も逃げられませんから」
「ま、別にアタシはやましいことなんか何もねえしあんな可愛い天使を泣かすこともねえからいいけどよ」
朝のホーランドロップのように愛らしい少女を思い出す。
「そうでしょうそうでしょう妹は特別可愛いんですよ、だから腐った男どもが目をつけたり妹の可愛さを妬んだ女が勝手に嫉妬して虐めたりするんです」
「なるほどな、そりゃ大変だ」
(ああいうおどおどした感じが男は嗜虐感をそそられて、女性は男を盗られそうって思うと苛めたりするんだろうな)
また弱々しい感じが苛めてもいいみたいに錯覚するのだろうと思った。
男からすれば構いたくなり、女性からすれば好きな男性が彼女に好意がなくとも構っているため面白くないのだろう。
「ええそうなんですよ、そいつら一人一人を調べ上げ友人関係から彼氏彼女や浮気相手に自慰の時間まで暴露してやりましたけどね」
「いやいやお前のがぶっ飛んでるだろ! さすがにやり過ぎじゃねえのか」
「妹に手を出す輩にやり過ぎなんてないんですよ!」
拳を握り熱弁するムクドリに呆れた眼差しを向けた。
(あ、こいつ駄目だ。妹のこととなると何言っても無駄だな)
そう悟り適当に返事をして別れた。
校門を出て寄り道もせずに家へ戻る。
天使の梯子の生徒は寮に住んでいるため全員一人暮らしで部屋を貸し出されている。
ガチャリと鍵を開けて家の中へ入ると真っ先に寝室へ急ぐシオン。
「ただいまでちゅよイチちゃぁん寂しかったでちゅか~」
ケージの中で飼っているウサギに赤ちゃん言葉で話しかける。表情も学園で見せていたものとはまるで異なり柔らかなものだった。
ケージの中でストレスが溜まっていたのかイチがドンと後ろ足で跳ねるようにして地面を踏み鳴らした。
「ごめんね寂しかったよねぇ今抱っこしてあげまちゅからね~」
でれでれしてケージの中から出して抱き上げ、背中をよしよしと撫でた。白いふわふわの毛並みが撫でただけで幸せになれるほど心地いい。
「ふわふわもふもふでイチちゃんはいつも気持ちいいでちゅね~」
お腹に顔をすりすりして頬が弛んでしまう。
目つきの悪さや話し方が乱暴なため誤解されることの多いシオンだが、本当はこうして動物に優しい少女なのだ。
ひとしきり家族のように大事なウサギを愛でると冷蔵庫の中を確認してから今日は大丈夫なため中にある材料で晩御飯を作りお風呂に入って寝る、それがシオンの毎日だった。
どうも、ゼロカロリー飲料が嫌いな桜空です。
本日も暑いですが熱中症など気を付けていきましょう。