09:重力
コンビニで買ったビニール傘を差して、俺は昨日の場所に居た。さすがにこの雨の中花見をしようという奴らは居ないらしく、昨夜はあちこちに敷かれていたブルーシートは見当たらない。
そういや、なんであのシートって青いんだろうか。白くてもいいのにな。黒でも、茶色でも。そんな落ち着いた色のほうがしっくりくるのに、何だか異質な感じがする。
桜の花は雨に濡れてはいるものの、まだ散ってはいない。多少重たそうに首をもたげてはいるが、雨粒がぽつりと落ちればまた空を向いている。
不思議な感じだった。人気のない公園で俺はぽつりと佇み、ピンク色の靄を見ていた。桜の花は昨夜よりも煙った感じの色に見え、ぼんやりと灰色の空に浮かんでいるようだった。ピンク色だけがこの世のものではないように見える。
時々、遠く足音が聞こえると俺は都度都度振り返ってその主を確かめていた。――彼女は、来ない。
いや、もし来たとして―どうするつもりだ? 何を話す? 改めて彼女を目の前にしたとき、俺はどんな言葉をかけてやれるのだろう。
桜の花は昨夜よりも俺を圧迫してこない。雨水に打たれたそれは今、濡れそぼるだけで息苦しい印象はしなかった。それが桜の所為なのか雨の所為なのか、もしくはただ単に俺の中の何かが変わってしまったのかは――わからない。彼女が今日の桜をどう見るのかも、俺にはわからないだろう。
どのくらい時間が過ぎたかわからない。十数分なのか、数時間なのか。時計を見る気も起きなくて、俺はただそこに立っていた。何人めかの足音が聞こえたが、習慣になりかけた動作で俺は振り返る。