06:再来
俺の心臓を四度も跳ねさせた張本人は、そのままゆっくりと背を向けた。それがだんだんと遠ざかっているんだ、とわかったときには、もう彼女の背は手が届かないほどに遠く。
「――あの!」
気の利いた科白なんて言えやしない。口ばっかりパクパクしてる状態だ。金魚みたいに。俺の声が聞こえたのか聞こえないのか彼女の足取りは変わらず、ゆっくりと遠ざかっていく。
「俺――俺、あんたの気持ち、多分わかる」
どもりつつそう叫んだ俺の言葉に、やっと彼女の足が止まる。その背中に、重ねて言った。
「桜……綺麗だけど、息苦しい。なんつーか、あの…うまく言えないけど、圧迫されるようなそんな感じで――」
支離滅裂だ、と自分でもわかるその言葉の途中で、彼女が振り返った。瞳はやっぱりまっすぐ俺を見てる。驚いたように見開かれた瞳。それに刺されたように、俺はふいに言葉を止めた。
――いきなり初対面で俺、馬鹿なこと言ってるよな。
そんな常識的なことが思い浮かぶようになったのは今になってからだった。知らない人と交わす会話としては随分シュールな……知らない人?
まっすぐ俺を見ているその瞳を再度見つめ返す。どこかで――そうだ、昼に桜を見上げていた……!
「あんた……昼もこれを見上げてた…」
ぽつり、と俺はそう言っていた。そうだ、昼に見たOL。長い髪が揺れてどきりとしたとき、あの時やっぱり切なそうに桜を見上げてたのが、あれがそうだ、彼女だ。やっぱり苦しげだった。今みたいにどこか追い詰められたみたいな。
それがわかると、俺の中で何か箍が外されたような気がする。まだ驚いた瞳で俺を見つめている彼女に、ゆっくりと言う。
「桜の花が、好きじゃないのか?」
瞠目していた彼女の瞳から力が抜けて、一瞬迷い、そしてすっと眼を伏せた。
「わからない。好きだけど、苦しいわ」
俺と同じだ。綺麗だと思う。確かに。華やかで綺麗だけど、どこか、どこか苦しい。――そういえば、昔好きだった女に対する感情に良く似ているかも、と俺は、思った。
彼女との距離が遠い。