30:気配
夜の粒子に包まれた公園は、その薄闇を背景にピンクと緑で彩られていた。もう、随分と花は落ちてしまったらしい。歩きながらもひらひらと視界のあちこちで花びらが舞い降りる。なんだか、まるで違う木みたいに、見える。
桃色だったときはどこか窮屈に感じていた思いは、今ではもうほとんど感じない。もしも――いま残りの桃色が全部緑に置き換わったとて、あんな風に胸を締め付けられるような感じはないだろう。それが、何故なのかは俺自身にもわからないけれど。
……ああ、もしかしたら彼女ならわかるのかもしれない。もしかしたら彼女も、緑の天井には圧迫感を感じないのかもしれない。
そうだな、会えたら聞いてみよう。緑の天井は息苦しくないか、と。そしてイエスの答えが返ってきたら――その原因を教えてもらおう。そうすることで俺自身の疑問も解決するかもしれない。
定位置には誰もいなかった。もしかしたら彼女がもう来ているかもしれない、と思ったが腕時計はちょうど十七時を指したところで、きっとまだ仕事中なのだろうと思う。
今週ずっと早いときで昼過ぎからここに居た俺の行動は、あとから思えばいささか馬鹿だったと……思わなくもない。
けれどここまで待てばあとどのくらい待とうとも構わないか、と俺は長期戦を覚悟して、ごつごつとした幹に寄りかかる。それに今日は――あの人が予言してくれた。きっと会えるわ、と言ったあの人の笑顔を俺は信用していた。
木に頭を預けて見上げれば、緑と桃色がマーブルされた天井が眼に入る。時々ひらひらと桃色の天井の一部が力尽きて落ちてくるのもわかる。顔の近くに舞ってくるときは思わず眼を閉じてしまったりするけれど―― 一枚が随分と気紛れに俺の唇にキスをして落ちていった。
花びらのキスに彼女の唇の温かさを思い出す。しかしそれは俺に欲情の記憶も蘇らせる。ふと込み上げる激情に、俺は目を閉じて耐え――もし今日、目の前に彼女が本当に姿を現したとしたら、堪えうることが出来るだろうか、と自問する。
数十秒の間のあと、イエスの答えが無事に導き出されて、俺は安堵の溜息と一緒に眼を開けた。見上げていたままの姿勢で、耳に入ってきた砂利の音に自然に視線がゆっくりとおりていった。