28:予言
「え……」
きりっと持ち上がった眉は綺麗に弧を描いていて、ピンクの唇がきゅっと引き結ばれる。その視線の強さについ、及び腰になって眼が泳ぐ。
「やっぱり、ね。あなたどういうつもり? 乃里子のことどう思ってるわけ?」
「いや、あの……」
のりこ、というのが彼女の名前らしかった。のりこ――どんな字を書くんだろうか。
「一時の欲望の対象とか、遊びのつもりなら止めてね」
俺が頭の中で漢字をなぞっている間に、その人は早口でとんでもないことを言い出した。
「誰とでもオッケー、なんて子とは違うんだから!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいって! 俺は別にそんなんじゃ」
「ないの?」
「ないです」
「欲望も、何もない?」
「……そう言う意味じゃなくって……」
まいった。どう言えばいいんだろう。確実に俺よりこの人のほうが語彙が豊富で頭も回る。太刀打ちできるレベルじゃない。
「やっぱりあるんじゃない」
「そりゃ、ないとは言わないですよ、俺だって男だし」
「乃里子が好きなの?」
ぽん、と最後に投げられた直球ストレートな質問のあと、俺とその人の視線が合った。まっすぐ見つめられた瞳は強かったけれど、逸らせなかった。
「……好き、ですよ」
「あらそ。ならいいわ」
今の今まで、半ば睨むようにしていた表情が一瞬にしてくるりと笑顔に変わり、踵まで返して行ってしまおうとするのを、俺は慌てて引き止めた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「なァに?」
きょとんとした顔。
「あの、彼女……元気ですか?」
「ええ、元気よ」
「えっと……どうやったら会えますか?」
「会いに行ったら?」
「どこへ?」
なんだか、この人が彼女の友達っていうの、わかる気がする。――妙に、意外な展開に強い人だ。
「あ、そっか」
俺の質問に瞬きを繰り返していたその人は急ににっこり笑って頷く。
「あなた、乃里子に会いたくてここに居たの?」
答えに詰まる俺。それは既にイエスの答えになっていて、その人はますます悪戯っぽく、笑った。
「明日もまたここに居る?」
「……はい」
「じゃあきっと、明日会えるわ」
小さく手を振ると、その人はそのまま歩いていく。さすがにもう一度引き止めるパワーは俺に残っていなくて、その長い髪が揺れるのを見送っていた。
明日―――?