27:軟派
俺はそれから一週間、公園に通い詰めた。勿論講義が終わってから、だけど。
彼女は社会人だろうから、十七時を過ぎなきゃ現れないだろうってこともわかってたけどそれでも俺は通っていた。もしかしたら、とかそんな小さな期待の所為だ。
桃色の天井はすっかり枝ばかりの裸になって、時々思い出したように僅かに残った花びらが零れる。これから、桃色は緑に変わっていくんだろう。彼女は緑の天井をどんな顔で見るんだろう。息苦しい、とやっぱり眉根を寄せるんだろうか?
テニスコートはナイター用の明かりがついていて、妙に昼間よりも明るい。その脇道を歩きつつ、そういえば最初に彼女を見かけたのはここだった、と思い出をなぞるように思い出している自分に苦笑した。
つい前方不注意になった俺に長い髪の先がふわりとぶつかったのはそのときだ。
「あ、ごめんなさい」
髪の持ち主が振り返って謝罪の言葉を口にする。「あ、いえ」と短く答えて行き過ぎようとしたとき、記憶が鮮やかに浮かんできた。
あの時、彼女と一緒に居た人だ。彼女と同じ紺色の制服を着て、俺はあの時この人の髪がなびいたのに見惚れて―――
「……あのっ」
既に背を向けていたその人に声をかけると、長い髪が揺れて、振り向く。ピンク色の唇が「なにか?」ときょとんとした声で訊ねた。
「あの……前にも会いました、よね」
「え……?」
俺の記憶はどんどんと鮮やかになっていく。そうだ。あの時彼女はやっぱり痛ましげに桜を――そう、この木の枝を見上げていた。
「ナンパ?」
「ちっ、違いますよ!」
俺の目の前で大きな瞳を何度も瞬かせていたその人はにっこり笑って訊ねた。慌てて否定すると、軽く「なんだ、違うんだ」とにっこり笑う。きれいな人だ。
「ホントにあの、前にここ、通りましたよね? 紺の制服で、あの、昼間に」
俺の慌てた説明にその人はきょとんとした顔で、頷く。
「お昼ね。会社が近いから何度かお花見に来たかな、友達と」
「あの、友達って、背のちっさい、ショートカットで、桜見上げてるような……?」
俺が彼女を説明する言葉はそんな風にどこか嘘くさい。なんて言えばいいんだろう、彼女の雰囲気を表せる言葉は俺の語彙には見つからなかった。
その人は俺の説明を聞いて俺をじっと見つめ、しばらく見つめ、それから重く口を開いた。
「あなた……乃里子にキスした、人?」