26:自制
ぼんやりと歩いた道は、気がつけば桜の公園へと辿っていた。勿論とっくに俺の両腕に温もりが残っている筈がない。頭の中は、保科が最後に言った言葉がぐるぐると回っていた。
抱きしめた腕の中で、保科が言った。
「もし言わなかったら、私、ずっと可愛い後輩でいられました、か?」
俺がびくりとしたのがわかったんだろう。保科がゆっくりとした動きで俺の腕を外す。
「好きだって言わなかったら、ずっと好きでいても、良かったのかな……」
保科はもう、泣いてはいなかった。真っ赤になった眼を、恥ずかしそうに伏せると力なく笑う。
「諦めなくても、良かったのかな」
淋しげに見えた笑顔ははらりと儚く消えた。それ以上保科は何も言わず、俺も何も言えず、そのままだった。
涙は彼女を思い出させる。赤くなった眼。頬の涙のあと。
俺は? 俺はどうなんだろう。俺は彼女に拒まれたことで諦めなくちゃならない? やっと気付いたのに――それと同時にこの思い、葬らなきゃいけないのか? あんな不器用なやり方でしか彼女に伝えられなくても? いや、もしどんなにうまく伝えることが出来たとしても、彼女が答えてくれなきゃ意味がないんだ。応えてもらえない思いを、俺は殺してかなきゃいけないのか?
……それは、嫌だ。
そんな感情が俺の我侭だってこともわかっている。俺がどんなに思おうと、彼女がどう思っているか――あんな風に逃げられてどうもこうもないんだろうけど、それでも、彼女の思いがなければ意味がない。
溜息をついた反動で見上げる夜空に、桃色が見える。さわさわと夜の風になびいて、桜が泣いていた。
彼女――泣いていないだろうか。ひとりで泣いていないだろうか。大丈夫、なんて表で笑いながら泣いていないだろうか。
「なんか俺……全然駄目駄目」
考えているだけで何かが出来るわけでもない。保科のこともそうだ。何かあいつにしてやれるわけじゃない。結局、宙ぶらりんで何も出来ない。
こんなときにひょっこりと彼女に会えたなら、偶然って奇跡を信じてみたくなるのに。神様が本当にいて、俺たちを見ていてくれていんだって信じてもいいのに。
桜並木はただはらはらと花びらを降らせるだけで、そのどこにも、彼女の姿は見えなかった。