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闇夜の桜  作者: 香住
25/35

25:欲望

 掴んだ肩をぐいと押し返した。驚いたような保科の顔を見ないよう、俺が今度は頭を下げた。

 ――いや、保科に悪いって気持ちもあったからだ。


「ごめん。――ごめん、俺、お前のことホントに大事な後輩だって思ってる。でも気持ちは……受け止めてやること、出来ない。――だけど」

「だけ、ど?」

 乾いたような保科の声が頭の上から降ってくる。いつもみたいなからかうような口調じゃなくて、どこか無機質な声。


「けど、今俺、お前を抱きしめたい」

 馬鹿だ。自分で言ってることが馬鹿なことだってわかってる。保科を傷つけるってこともわかってる。同情にしか過ぎないってことも重々、わかってる。


「わかってます」

 数秒の沈黙のあとで、保科が零すように言った。

「先輩が私のことなんとも思ってないこと、わかってるんです……」


 保科の肩を掴んでいる俺の腕に、保科の涙が落ちてくるのがわかった。声はいつもの保科のものだった。少し、涙で滲んではいたけれど。震えてはいたけれど。

「こんな風に傍に居てくれたらいいなってずっと、思ってました。先輩が私の傍にいてくれたら、って」


 きゅっと下唇を噛んだ。俺は何を考えていた? 彼女のことを保科に重ねて見て、それで―――


「先輩と笑うのが私、好きでした。ずっと傍で笑っていたかった……」

「……ごめん」

「いいんです。わかってるんです。駄目なの、わかってるんです」


 保科の声が破綻する。細切れになる言葉は涙に途切れる。それから、崩れそうな泣き声で、続けた。


「抱きしめて、くれますか? 今だけ、私のことちゃんと見て、私を抱きしめてくれますか?」




 強く唇を噛む。目を瞑る。彼女のことが頭を、一瞬だけ掠めた。あのピンクの天井の下で彼女に抱いた、消えそうに微かな存在感を今、保科に感じる。

 そんな俺は―――放っておけない、なんて言い訳かもしれない。




 保科の肩から背中に腕を滑らせて、身体を抱き寄せた。左腕で頭を抱き寄せると、そのまま力を込めた。その瞬間、俺は彼女じゃなくて保科を見ていたと……思う。

 でも、胸に浮かんだ感情は彼女を抱きしめたときの欲情じゃ、なかった。


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