25:欲望
掴んだ肩をぐいと押し返した。驚いたような保科の顔を見ないよう、俺が今度は頭を下げた。
――いや、保科に悪いって気持ちもあったからだ。
「ごめん。――ごめん、俺、お前のことホントに大事な後輩だって思ってる。でも気持ちは……受け止めてやること、出来ない。――だけど」
「だけ、ど?」
乾いたような保科の声が頭の上から降ってくる。いつもみたいなからかうような口調じゃなくて、どこか無機質な声。
「けど、今俺、お前を抱きしめたい」
馬鹿だ。自分で言ってることが馬鹿なことだってわかってる。保科を傷つけるってこともわかってる。同情にしか過ぎないってことも重々、わかってる。
「わかってます」
数秒の沈黙のあとで、保科が零すように言った。
「先輩が私のことなんとも思ってないこと、わかってるんです……」
保科の肩を掴んでいる俺の腕に、保科の涙が落ちてくるのがわかった。声はいつもの保科のものだった。少し、涙で滲んではいたけれど。震えてはいたけれど。
「こんな風に傍に居てくれたらいいなってずっと、思ってました。先輩が私の傍にいてくれたら、って」
きゅっと下唇を噛んだ。俺は何を考えていた? 彼女のことを保科に重ねて見て、それで―――
「先輩と笑うのが私、好きでした。ずっと傍で笑っていたかった……」
「……ごめん」
「いいんです。わかってるんです。駄目なの、わかってるんです」
保科の声が破綻する。細切れになる言葉は涙に途切れる。それから、崩れそうな泣き声で、続けた。
「抱きしめて、くれますか? 今だけ、私のことちゃんと見て、私を抱きしめてくれますか?」
強く唇を噛む。目を瞑る。彼女のことが頭を、一瞬だけ掠めた。あのピンクの天井の下で彼女に抱いた、消えそうに微かな存在感を今、保科に感じる。
そんな俺は―――放っておけない、なんて言い訳かもしれない。
保科の肩から背中に腕を滑らせて、身体を抱き寄せた。左腕で頭を抱き寄せると、そのまま力を込めた。その瞬間、俺は彼女じゃなくて保科を見ていたと……思う。
でも、胸に浮かんだ感情は彼女を抱きしめたときの欲情じゃ、なかった。