24:天秤
「保科」
ドアの隙間から、真っ直ぐな茶色の髪が見えた。
「保科」
ぐいと力を込めてドアを引くと、あっけなく扉は開いて転がるように俺の胸に保科がぶつかる。慌てて右手でその肩を支えながら一瞬考えて中へ入る。保科を支えたまま後ろ手にドアを閉めてから、もう一度名前を呼んだ。
「保科……?」
頭を上げず、微かに左右に振っているのがわかる。掴んだ肩は小刻みに震えていた。
ドアに背中を預けると、俺は肩を支える手でゆっくり背中を叩く。まるで子供をあやすようなそのタイミングにだんだんと保科の震えが小さくなっていく。ゆら、と保科の身体が左右にブレて、俺は慌てて両手で肩を支えた。
「大丈夫か?」
こくん、と小さく頷きが返ってくる。そして身体が俺の手から外れて前に倒れ、とん、と俺の胸に頭を押し付けて……止まった。
「しっかり、しろな?」
右手を伸ばして軽く髪に触れる。ポンポン、と撫でるように叩いてから指で髪を梳いた。
その行動で、保科が癒されているのはわかった。けれど――完全に想いに応えられない限りは保科を癒すことにはならないだろう。むしろ逆で、あとあとまた傷つけるかもしれない。梳いた髪の感触が指先に残る。さらりとした髪。抱きしめてしまえる距離。
でも――でも、泣き顔を見せまいと顔を上げない保科の姿は彼女に被る。あの時もそうだった。彼女は涙を隠していて俺は顔が見たくて強引に腕を掴んで引き寄せて――
急速に蘇った彼女との時間に、俺は数秒息を止める。彼女に対して抱いていた筈の欲望までもがありありと思い出されたからだ。
保科の肩を乱暴に離すと、大きく息をついた。驚いたように濡れた瞳で保科が俺を見上げるのからも眼を逸らす。もう一度深呼吸して、眼を閉じた。
「……先、輩……?」
「ごめん、俺、お前のこと考えてやれてなくて」
反省を込めて言った言葉に、髪が左右に揺れる。
「いいんです――もう少し、こうしててもらえませんか」
再びとん、と頭が胸に押し付けられたのが限界だった。
ぎゅっと拳を握って、それからゆっくり保科の肩を掴む。




