23:怒気
ケータイの向こうは絶句したまま、沈黙した。――そりゃ、そうだよな。
「ごめん、あの、俺……」
『同情、ですか?』
嫌にはっきりとした声音で、保科が言った。一瞬その意味がわからなくて聞き返そうとした刹那、やっとで脳味噌に意味が通る。
『私に同情しているんですか? 失恋して、落ち込んでるから?』
冷たい印象の声は今度ははっきりと怒りの色を仄めかす。いつもの快活な笑い声とは全然違う。
「保科、あのな」
『同情なんかされたくないです。特に、先輩には』
「待てよ、落ち着い――」
『そんな風に中途半端に優しくしないでください。私だって、私だって……』
キツい口調で一気に言うと、最後は嗚咽に変わった。
いつも明るくて元気で、なにかというとからかってた。そんな保科の反応が見たくて、可愛くて――それが恋愛感情かっていわれると正直、迷う。彼女のように強烈に惹かれるところはないにしても、保科と一緒にいるのは楽しかった。
「保科」
返事はない。気配だけが漂っている。
「ごめんな。……って、俺が言うのもおかしいんだろうけど」
送話口の向こうで、ふっと空気が緩んだような感じがした。いつもするような、苦笑。
『……そう、ですよ。先輩がそんなこと、言うの、おかしいんですからね』
泣き笑いみたいな声、強がってるのはわかってる。そうだった。いつも生意気な口を利いて、笑って、そのくせどこか危なっかしくて。
「大丈夫か?」
『だから……先輩がそんなこと言っちゃ、駄目、なんですよ? 私、諦められなくなっちゃうじゃないですか』
言葉の最後はまたこみ上げてきたらしい涙に包まれていた。
『何で来ちゃったんですか。何で電話なんかするんですか? 私まだ、先輩のことが好きなんですよ? 来てくれたりしたら、余計な期待、しちゃうじゃないですか。駄目ですよ、もう……』
保科の涙声が一気に響くといきなりツーツーという電子音に変わって、俺は慌ててリダイヤルをかける。放っておけない。おける筈がない。俺の所為だったとしても、放っておきたくない。
耳には無表情なアナウンスが響く。『電波の届かないところにおられるか、電源が入っておりません』
俺は衝動的に階段を上がって、ドアチャイムを押した。三回続けざまに押したあと、カチャリと鍵の外れる音がした。