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闇夜の桜  作者: 香住
21/35

21:刹那

 ―――――え?




 聞こえない……わけがなかった。たっぷり一分は俺、思考が止まっただろう。

「え……と」

 そんな声しか出てこない。保科は俯いて、ぎゅっと手を拳に握っていた。

「ごめん、俺、お前のことそんな風に見たことなくて」

 酷い科白だ。自分でもそう思う。

「えと……ごめん」

 見ただけで、保科の肩が震えてるのがわかる。そこへ手を伸ばそうとして――止めた。


「これから、そういう風に見てくれませんか?」

 涙の溜まった瞳をくっと上げて、保科が声を震わせて、言う。

「これからでいいんです。今先輩にそんな気がないことわかってます。だから、これから私を見て、考えて……くれませんか?」

 正直、可愛かった。そんな風に言う保科が健気にも見えた。――揺らされる。

「先輩の傍に、居たいんです」

 言うと、下唇をきゅっと噛んで涙を堪えている。


「保科」

 真剣な眼で見返され、俺はどぎまぎして視線を逸らす。それでも、続ける。何故だか俺の声までも震えている。

「俺、やっぱお前のことそういう風には見えないよ。後輩として可愛いとは思うけど……」

 保科の瞳で涙がじわり、と膨れるのがわかった。揺らされる。

「でも……ごめんな」

 眼から涙が零れそうだ、と思った瞬間、保科は眼を伏せる。ぽたりと、地面に落ちた粒が見えた。


 しばしの沈黙の後、掠れた声で保科が顔を伏せたまま、言った。

「わかり……ました」

 はぁ、と息をつく。そしていつものトーンに戻そうと明るい声で続ける。

「すみませんでした、いきなり、びっくりさせちゃって」

 さっと手で涙を拭って顔を上げ、恥ずかしそうに笑う。

「気に、しないでください。サークルもちゃんと行きますから。――じゃ、失礼します」

 ぺこりと頭を下げると、そのまま踵を返していってしまう。俺に何も、言わせずに。


 ……気づいてなかった、といえば嘘なんだろうな。保科には――悪いことをした。

 いつの間にか深く溜息をついている。やっぱり、女の子の涙は魔物だ。

 彼女の涙も…そうなのか?あの桃色の天井を見上げて溢れていた涙も? 締め付けられるようなあの感情も?



 見渡すが、キャンパスに桜の木はなかった。


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