21:刹那
―――――え?
聞こえない……わけがなかった。たっぷり一分は俺、思考が止まっただろう。
「え……と」
そんな声しか出てこない。保科は俯いて、ぎゅっと手を拳に握っていた。
「ごめん、俺、お前のことそんな風に見たことなくて」
酷い科白だ。自分でもそう思う。
「えと……ごめん」
見ただけで、保科の肩が震えてるのがわかる。そこへ手を伸ばそうとして――止めた。
「これから、そういう風に見てくれませんか?」
涙の溜まった瞳をくっと上げて、保科が声を震わせて、言う。
「これからでいいんです。今先輩にそんな気がないことわかってます。だから、これから私を見て、考えて……くれませんか?」
正直、可愛かった。そんな風に言う保科が健気にも見えた。――揺らされる。
「先輩の傍に、居たいんです」
言うと、下唇をきゅっと噛んで涙を堪えている。
「保科」
真剣な眼で見返され、俺はどぎまぎして視線を逸らす。それでも、続ける。何故だか俺の声までも震えている。
「俺、やっぱお前のことそういう風には見えないよ。後輩として可愛いとは思うけど……」
保科の瞳で涙がじわり、と膨れるのがわかった。揺らされる。
「でも……ごめんな」
眼から涙が零れそうだ、と思った瞬間、保科は眼を伏せる。ぽたりと、地面に落ちた粒が見えた。
しばしの沈黙の後、掠れた声で保科が顔を伏せたまま、言った。
「わかり……ました」
はぁ、と息をつく。そしていつものトーンに戻そうと明るい声で続ける。
「すみませんでした、いきなり、びっくりさせちゃって」
さっと手で涙を拭って顔を上げ、恥ずかしそうに笑う。
「気に、しないでください。サークルもちゃんと行きますから。――じゃ、失礼します」
ぺこりと頭を下げると、そのまま踵を返していってしまう。俺に何も、言わせずに。
……気づいてなかった、といえば嘘なんだろうな。保科には――悪いことをした。
いつの間にか深く溜息をついている。やっぱり、女の子の涙は魔物だ。
彼女の涙も…そうなのか?あの桃色の天井を見上げて溢れていた涙も? 締め付けられるようなあの感情も?
見渡すが、キャンパスに桜の木はなかった。