20:思慕
午後にひとこまあった講義に出るために大学へ行ったが、締め切られた教室にいるのが息苦しくて開始早々抜け出し、がらんと人気のない学食に移動して隅の椅子に腰かける。外はまだ明るく、いい天気だった。
結局あれっきりだ。彼女と、また会えるかどうかさえわからない。なんで俺、あんなこと―――
「……先輩」
一瞬、誰のことかわからなかった。再度声をかけられてやっと遠い思考から戻って視線を上げ、声の主の名前を手繰り寄せる。
「ほし、な」
「ちょっと、いいですか? 来てもらっても」
口を利くのは久しぶりだった。保科から話し掛けてくるのはもっと久々だ。どうやら俺はひどく嫌われていたらしい、し。
「ああ……どした?」
訊いてから思い出す。そういや俺、俺でよければいつでも聞くから、とか言ったんだ。座ったまま見上げれば随分と真面目な顔をしている。多少元気がなさそうではあるが、いつもの保科だ。
「まあいいや、中庭でも行こうぜ」
場をそう濁して椅子を立つ。保科に特に異存はないようで、学食から中庭に繋がる扉へ向かう俺のあとをついて来た。
「で? なんだよ、どうした?」
中庭の奥のほうはあまり近くに人の気配もなく、遠くの方に談笑する数組が見えるだけだった。保科はずっと黙ったままでいる。……なにがあったんだろうか。
そう言えば彼女のことにかまけてて保科の様子がおかしいことに言及するのを避けていたな。まあ、向こうが俺を避けてたってのもあるんだけど。
身長差を縮めるように背をかがめて俯いた顔を覗き込む。
「保科?」
「あ……のっ!」
俺の声を打ち消すような、思い切った口調の強さに俺は正直、一瞬戸惑う。俺を見上げる保科の眼は、うっすらと涙を溜めていて。
「私……」
保科を、じゃなく。涙の向こうに俺は彼女を見ていた。桜を見上げて涙する彼女。また、あの場所にいるんだろうか?
ふと、保科の手が服の袖口に触れて現実に戻る。見上げる潤んだ眼。デジャ・ヴュのように感じるその一瞬にやっぱり思い出すのは彼女で。
駄目だ、今はちゃんと保科を見てやらなければ。思い直して彼女の幻想を振り切り、まっすぐ瞳を見つめた。
強い視線に微かに震えた声。
「私……先輩が好き、です」