18:抱擁
彼女は眼を見開いて、ぴたりとその動作を止めた。それから瞬きを一回。肩が大きく上下した。
「ありが―――」
言葉を遮って俺は彼女を抱きしめた。胸にうずもれるように声が消える。腕や顎や胸に彼女の暖かさが伝わる。微かに震えながら、それでも彼女はそのままだった。
感情にうまく名前なんかつけられない。俺が今彼女に抱いている気持ちがなんなのかなんてわからない。ただ俺は彼女に泣いて欲しくなくて、ただそれを支えることが出来ればと願って。
そんなことを考えながら俺は彼女を抱きしめていた。微かな震えはだんだんと落ち着いて、肩も規則正しく上下する。
しかしよくよく考えれば、いきなり抱きしめてしまったことが彼女の意に沿わなかったら、と思う。そりゃあ、事前に『抱きしめていいか』なんて聞くのもおかしな話だけれど。
「……ごめ――」
謝ろうとした声は喉に引っかかって妙に掠れる。同時に緩めた腕を彼女から離すと、温もりが失われて少しだけ冷たい空気が間を走る。
「待って、このままで居て」
俺の声に彼女が被せるように、少し焦ったように言うと、離れかけた腕を彼女の手が掴む。そして――彼女が俺の背中にその手を、回した。
一瞬どきりとした。彼女にもそれはわかっただろう。俺はまたゆっくりと彼女の背に腕を戻し、力を込める。
愛しかった。そのときの俺の彼女に対する正直な感情はそれだ。さっきとは微妙に異なるその感情は俺の抑制の幅を超え、左手をゆっくりとその背に沿わせて指先や手のひらから彼女を感じる。
俺の胸に、彼女が頬を押し付けてまるで誘うような仕草を見せる。けれど――それとは裏腹に、触れている背中は強張った。一瞬で温もりは冷たくなる。俯いて彼女の表情を探るが、胸に埋めるように押し付けてきて、どんな表情をしているのかわからない。
でも、伏せられている彼女の顔。見えないけれど感じるのはイエスじゃなかった。少なくとも、積極的なものではなくて。
今にもまた震えだしそうな肩を見ているうちに、俺の中の制御が働き始め、くすっと笑うともう一度、彼女の背中を抱いた。
「大丈夫。大丈夫だから――震えなくていい」
軽く背中を叩いてそう言うと、俺は温もりの確かさをもう一度かみしめる。彼女を守りたいというのはまだ、俺の正直な思いだった。