14:偶然
あれきり、保科の姿を見かけていない。後輩の女の子に聞くと、講義はちゃんと出てきているらしい。
でも『忙しい』と言ってサークルには顔を出してないとか。
――やっぱ俺のせい、だよな。何でかはわからないけど。そんなに……行くって言っといて行かなかったのがまずかったのか?
憂鬱な気分で俺は学食にいた。次の講義はなんとなく出る気がしなくて、自主的休講だ。ぼんやりと外を見ているうちに思い浮かぶのはやっぱり、彼女のことで。
桜はそろそろ散り始める。苦しい、と言いつつピンクの天井を見に来る彼女はその散り様をどんな顔で見るのだろうか。
「あ」
そんな声で我に返った俺がつと視線を動かすとその先に――
「保科……?」
はっとしたように踵を返す保科の右手を、俺は立ち上がって咄嗟に掴んでいた。
「保科」
もう一度呼ぶと、保科は諦めたように足を止め、俺に背を向けたままボソリと呟く。
「……先輩、この時間講義、あるでしょ?」
「え? ……ああ、サボり」
そう答えながらも、なんでそんなことを保科が知っているのかにちょっと眉根を寄せる。
「お前も、休講?」
訊ねるが、何の反応もない。俺はゆっくり手首を離すと、「座れよ」と傍のテーブルを示す。が、保科は鞄を抱きしめるようにしたまま動かない。
「おい、座れよ。話があるんだ」
背中に向かってそう言うと、俺は先に椅子にかけた。
「保科」
再度呼ぶと、今度は反応があった――ゆっくり、頭を左右に振ったのだ。
「休講、なんだろ? 急ぐ用事があるのか?」
「……」
「それとも、俺と話すのが嫌なら――それならしょうがないよな」
ふぅ、と溜息をつく。何がなんだか、俺にはさっぱりわからない。
「どうしたんだよ、お前、こないだから変だぞ?」
とにかく。俺が何かしたのかどうか―それを聞いておかないと、な。
「俺、なにかしたか?」
返事はない。頑なにそのままの体勢で、じっとしていた。
仕方ないか。
「……まあ、いいけどな。お前にもいろいろあるんだろうし。――たまにはサークル顔出せよ。俺でよければ聞いてやるし、な?」
いつもどおり明るい声でそう言うと、俺は椅子を立って保科の肩にぽん、と手を置いて「じゃな」とだけ告げると学食を出た。どこ、というアテはなかったけれど、あのまま居られるはずもなく。