01:遭遇
俺は手のラケットをくるくると回して、日陰のベンチへと進む。
「先輩、もうダウンですか?」
くすくす笑いと一緒に、ペットボトルが差し出される。それを「ありがとう」と受け取って、俺はベンチに腰を下ろす。
「ダウンってわけじゃないけど、やっぱ辛いね、昼もまだ食ってないし」
目の前のテニスコートには、まだ後輩たちがパワフルにラケットを振っている。
ふたつ下、今年二年の後輩保科が隣にちょこんと座って、肩をすくめた。
「私も。コンビニ、行きそびれちゃって」
「んじゃ行くか? たまには奢ってやるよ」
「本当? んじゃ一番高いお弁当にしようっと!」
無邪気に笑う彼女と一緒にコートを出、コンビニの方向へと向かう。
このテニスコートのある公園はいまや桜が満開で――花見に来ている近所の家族連れやら学生らしい団体があちこちでシートを引いていた。
まあ俺たちも例外じゃない。昼間はテニスコートを借りて、夜は花見と称した宴会の予定だった。
「綺麗ですよね。今日はちょうど見頃」
「まあな。運が良かったってことだ」
保科が嬉しそうに上を見上げて言うのに、頷いて同様に見上げる。
『女の子速度』で歩く俺たちの向かい側から、紺の制服を来た近所のOLたちがゆっくり歩いてくる。すれ違いざま、ひとりの長い髪が風に揺れて一瞬どきりとしてちらっと眼をやったのを、保科は見逃さない。
「あー先輩、今あの人のこと、見てたー!」
「え、いや、違うって」
「ふうん、ああいう感じの人が好みなんですか?」
からかうような保科の口調に、俺は正直赤面して――いや別に、好みってわけじゃない。ただそういう話題が苦手なだけで!――ちょっと口篭もる。
保科が振り返ってその後姿をじっと見て
「可愛い系より美人系が好きなんですね」
からかい口調の中に、ちょっと棘のある言い方。……女の子って難しい。
ふと、目の前の歩道にせり出した桜の枝を見上げている、紺の制服姿のOLに気づいた。
満開の枝を見つめているその表情は保科みたいに嬉しそうじゃなく、どこか痛ましげに、苦しげに見えた。
「保科、置いてくぞ?」
まだ後ろを振り返っている彼女に言うと、俺は『女の子速度』を脱して大股で歩き出す。
「待ってくださいよ〜」
という保科の声を聞きながら、俺はその痛ましげな彼女の隣をすり抜けた。