09:叱責
ことが起こったのはそのときだった。
まったくもって無警戒だったソフィアの背に強烈な獣臭が迫ったと同時に、そのほっそりした首に丸太のような太い腕が伸ばされたのだ。
「動くな。声も上げるな。この細首がポキンとゆくぜ」
それは先ほど格闘に倒れ死骸となり果てたと思われた男のひとりだった。
声を上げるなと言われたのでソフィアの忠臣ともいうべきトルテはその場でぽいんぽいんと跳ねるだけだ。
命を鷲掴みにされたというのにソフィアはひどく冷静だった。
「ヘルマンのやつ、こんなのが相手だなんて聞いてねぇぜ。へ、けど行きがけの駄賃にオメェはもらってゆく。言っとくが優しく扱ってもらえるとは思うんじゃねーぞ。メチャクチャに使ってぶっ壊してやるよ」
「あなたに息があったのは気づいていましたよ」
「ああん?」
「けれど、所詮は雑兵。あの大男が主犯なればこそ憐れんで命を助けてあげたのです。最後にもう一度聞きますが、わたしから手を放しておとなしく引き揚げれば命を長らえることは可能ですよ」
「なにを言ってやがんでぇ。クロノスもここにはいねぇじゃねぇか。こっちは死骸になったおまえだってなんの問題もないんだぜ」
「しようのない人ですね」
「あ?」
その妙に間の抜けた声が男の最後に発した言葉だった。
ソフィアはそっと右手を男の手に添えると術を発動させた。
青白い光が明滅すると男は途端に白目を剥いた。
それから糸を切られた繰り人形のようにガクンと前のめりに倒れる。
「ん、あふ」
僧衣を纏ったソフィアがセクシーな吐息を漏らした。
ソフィアは背にかかる男をすり抜けるように動く。
男はそのまま横倒しになるとピクリとも動かなかった。
「たいして食べではありませんでしたね」
艶々した顔色でソフィアは真っ赤な舌を出して妖艶に微笑んだ。
エナジードレイン。
対象者から精気を根こそぎ奪うスキルはソフィアがもっとも得意とする技のひとつである。
このスキルに晒されたものは、ほぼ一瞬で生命エネルギーのすべてを奪われ冥府にいざなわれるのであった。
「で。大口を叩いておいて結局クロノスを引っ張ってこれなかったわけ」
市内のアジトでS級冒険者であり勇者の称号を持つレオンは右腕切断という大怪我を負って這う這うの体で帰還したヘルマンを前に傲岸な態度を崩さなかった。
このアジトはレオンがクロノスから奪ったコンスタンツを抱いていた屋敷ではなく、もう少し市内に近い別のものである。
革張りの上等なソファに背を預けて酒精の入ったグラスを持つレオンの目はひどく昏かった。
さらさらした金髪の下に甘いマスクを持つレオンは羽織った上等な白い夜着からして貴公子と称するのが相応しいものであった。
だが、仲間をみる彼の視線は冷たかった。人間としての温度を感じさせない、あきらかに格下の者を突き放す視線だ。
「め、面目ねぇ。よくわからんが、アイツ、おかしな技を使いやがったんだ」
「面目ねぇ、じゃないよ。僕は眠いのを我慢したあとずっと待ってたんだよ。ねえ? ほら、女を抱いたあとって、そのまま眠りにつくのが最高に気持ちいいだろ。それがさ、なんでよりにもよっておまえたちの不始末を聞かされなきゃないの。ねぇなんで?」
「すまねぇ」