08:思惑
「ひ――ソフィアさま!」
トルテが仰天して身体をうにょーんと縦に伸ばした。
「冗談ですよ。クロノスさまにはできそうもないですからね」
「む。じゃあやってみせるか」
挑発に乗るようにクロノスは即座に刻止めを発動した。
空間がすべて凍りつき、先ほどと同じく目の前に巨大な時計が現れ時を刻み始める。
――さっきと同じ理屈ならば今度は四秒か。
充分である。
クロノスは笑みを浮かべながら尻を向けて固まっているソフィアのスカートをまくると、レースのきらびやかなパンツを確認し終えた。
「白か」
同時に深い脱力感に襲われた。
(なにやってんだ、俺は?)
素早く僧衣を戻す。
時計が消えて時間が流れ出した。
「ふふ、どうしたのですか? クロノスさま」
「白」
「ふわあっ? な、なぜそれを!」
ソフィアは乏しい灯火でもわかるほどに顔を真っ赤に染めて、口をぽっかり開き、激しく動揺した。
「ソフィアさま?」
トルテがぽいんぽいんと跳ねながら、ソフィアの周囲をぐるぐると回る。
「わかりました。クロノスさまのスキルが時間操作なのも本当のようですね」
「なんか、ごめん」
「いいですよ。煽ったわたしも悪かったのですから」
「ソフィア」
「ソフィアさま! こんなんに情けをかけなくてもいいですよ!」
「こんなんとはひどいな。とにかく俺は刻を操る能力に開眼してしまったみたいだ」
ぽいんぽいんと跳ねるトルテを撫でようとクロノスが手を伸ばすが、同時に上体が激しくグラついた。
「と。血を流しすぎですね」
「く、悪い。自分じゃ平気だと思ったんだが」
「スキルを使用したことで体内のマナをかなり使い果たしているのも関係しているかと思われます。とにかく、クロノスさまは身体を休めてください。新手は来ないでしょう」
「けど……」
「あと数時間で夜が明けるよー」
「トルテのいうとおり、この教会は街はずれに位置するとはいえ法の外ではありません。クロノスさまを襲った元パーティーのお仲間も昼日中から人目に着く危険を冒して攻め寄せてはこないでしょう。しっかり休んで復讎の機会を待つのも戦いのうちです」
「かもな。じゃ、お言葉に甘えて……」
「あ、クロノス? どうしたの?」
トルテが長机の上でうにょーんと身体を変形しながら心配するが、クロノスはその場で尻もちを突いてしまう。
「あ、あれ。おかしいな?」
クロノスは立とうとするが、膝がガクガク笑って座ったまま次の動作に移ることができない。消耗が激しく完全に腰が抜けてしまっているのだ。
「クロノスさま。休んでいただけますよね」
「はい……」
微笑みながらもソフィアは目が笑っていなかった。抗うことはできずにクロノスはとなしく別室に移動した。
「姫さま。本当にあの男を助けるおつもりですか」
「トルテ、わたしたちが市井に雌伏してから三年が過ぎました。初めはただの同情でしたが、間違いありません。あのスキルはわたしのために神が遣わしたものなのです」
クロノスがいなくなった礼拝堂でソフィアとトルテは灯火もつけず話をしていた。
「それはそうかもしれませんが……あの男はお人好しすぎませんか? 刺客には向きませんよ」
「かもしれません。けれど、寄る辺のない人間という者は弱いものです。恩を売っておくことが次に繋がるのですよ。彼を、きっとわたしたちを唯一無二のものとして頼るように、依存するよう仕向けてみせます」
「はぁ……」
「トルテ、忘れたのですか。わたしはなにがあっても復讎を果たします。それに、彼のスキルは規格外です。他者に奪われてしまえば、それこそ取り返しがつかない」
「姫さま。私も同じです。けれど、クロノスは」
「あなたは本当に優しいですね。けれど、わたしは復讎だけではなく、呪いをかけられたあなたを元に戻す義務があるのです。わたしが不甲斐ないばかりに。あなたは、まだ十四なのですよ。苦労ばかりかけて、なにもできない主人ですみません」
「姫さま……」
ソフィアがトルテを撫でる。トルテは目鼻がない身体をソフィアの手にそっと擦りつけた。