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06:反撃開始

「とっとと跪け。そうすりゃあ、命だけは助けてやる」


 ――追い詰めているはずのヘルマンに余裕がない。


 クロノスは肩を大きく上下させながら、かつて仲間であり自分を追放した彼らのことを思った。

 考えれば、確かにここ最近の自分は仲間たちとの情義に無頓着すぎたかもしれない。


 依頼がないときは、ひとり、深山に籠り武芸を磨き、スキルがないなりに向上しようと心胆を練っていたのだが、それが仲間との間隙になったのはおのれにも責任の一端がないわけではない。

 目の前のヘルマンとの仲も半年程度であったが、最初からここまで自分を嘲るような傲岸な性格ではなかった。


 ――と、なるとやはりレオンか。


 外見は端正な容姿であるレオンに対してクロノスは最初から自分でもわからない嫌悪感を抱いていた。

 国から勇者と認定された少年は物腰こそ最初から柔らかであったが、クロノスも口で説明できない人格的な歪さを、知らず感じ取っていたのかもしれない。


「テメェを、とっとと連れて行かないと、こっちがヤベェんだよ!」


 ヘルマンはそれだけいうと全身から気を発して右腕を真っ黒に輝かせ大剣を横殴りに叩きつけてきた。


 剛力――。

 戦士である彼の持つスキルは腕力を倍加させて攻撃力を飛躍的に向上させるスキルである。


 クロノスはヘルマンのスキルが発動し、強固な皮膚やウロコを持つモンスターを幾度も撃斬してきたのをこの目で確認している。


 反射的に長剣を逆さまにして斬撃を防いだが、それはクロノスの身体を両断させるのを、ほんの少しだけ遅らせるに過ぎなかった。


 一瞬で意識が飛び、クロノスは礼拝堂の祭壇まで吹き飛ばされた。

 喉元に血が上ってきてたまらず吐いた。


「クロノスさま!」


 ソフィアの悲鳴が聞こえたが制する余力もなくクロノスはその場に頽れた。


「ほっほーん、なんだぁ。クロノスちゃんよう。かわいいかわいい協力者がいるじゃねぇか? おっ?」


 クロノスを一撃して瀕死に追い詰めたことで余裕が戻ったのか、ヘルマンがのっしのっしと大剣を肩に担いだままゆっくりと近づいてくるのがわかった。


「に、逃げろ……」


 ソフィアは無言でクロノスを抱き起したまま、接近するヘルマンを睨んでいるようだ。


「ふぅーん、こんな腐れたボロ教会には似つかわしくないシスターじゃねぇか。おい、こっちへこい。おれさまに跪いて、そうだなぁ、おまえさんがジックリ奉仕してくれるんなら、アジトに連れて帰っておれ専用の肉壺便所にしてやるぞ? 光栄だろが、あぁ?」

「この人は、関係ない」


「ああん。クロノスよう。こんな状況でまだカッコつける気かよ。さっきのは、手ェ抜いてやったんだよ。パンピーがいくら鍛えてもスキルがなきゃしょうがないでしょ!?」


(悔しいがヘルマンの言うとおりだぜ)


 心は折れないが絶望感のほうがクロノスに忍び寄ってくる。

 スキル持ちは、持たざる者の積み上げてきた研鑽をひと息で吹き飛ばす確固たる力があった。


 ――俺の能力が、時間読みなんてもんじゃなきゃ。


「まあ、いい。腕の一本もぶった切ってテメェを引きずってやるよ。女のほうは子分どもに輪姦させる。それが答えだ。お?」


 前に出る。


 せめてこの戦いに自分を治療してくれたソフィアを巻き込まないクロノスなりのけじめだった。


「死ねや!」


 ヘルマンが大剣を頭上から振り下ろしてくる。

 手には半ばからへし折れた長剣があるだけで、数瞬のちに右腕ごと斬り飛ばされるだろう。


 戦士であるヘルマンはそのあたり、狙いは的確で自分が動かなければ死は免れるだろう。


 ――せめて、一瞬でいい。刻が止まってくれれば。


 そうすれば、残りの力で斬撃をヘルマンの喉元にぶち込めるのに。


 クロノスは、知らず、身体を動かして目の前の剣撃から逃れようとしていた。


 一秒だけ、一秒だけ止まってくれればと願った。

 スピードもパワーも段違いだ。

 だが、そのとき最初の奇蹟が起こった。


 ぴたり、と。

 ヘルマンの斬撃がクロノスの肩口で停止したのだ。


「は――?」


 ふざけてなぶっているのか?

 だが、身体は本能的に白刃を嫌がり主人であるクロノスを危地より遠ざけていた。


 突然のストップが解けたように、次の瞬間、ヘルマンの剣は床を鋭く叩いていた。


「な――よけた? どうやってだ!?」


 この瞬間を逃すほどクロノスは腰抜けではなかった。


 ――刻よ、いま一度、止まれ。


 念じながら折れた長剣を振るった。


「へ?」


 クロノスの念じた通りヘルマンはアホ面を下げて動かない。

 スキルがなくとも、この隙はクロノスにとってあまりに大きいチャンスだった。


 長剣をフリーズしたままのヘルマンの右腕に落とした。

 刃はまるで吸い込まれるようにヘルマンの右手首に引きつけられ、ほとんど抵抗なく切断した。


 大剣を握ったままヘルマンの右手首が床の上に転がった。

 血は一滴も流れない。

 この場で時間を支配しているのはクロノスただひとりだ。


 ヘルマンも――。

 ソフィアも――。

 それを見ていた冒険者たちも――。

 わけがわからぬといった状態だった。


 だが、ヘルマンだけは現実の激痛が右手を襲ったのだろう。

 泣き叫びながら片膝を突き苦悶の声を轟かせた。


(バカな。確かに、いま、時間が止まったような?)


「い、いいいっ。いつだ、いつやった? クロノスぅううう、テメェ、おかしな術を使いやがってえ!」


 ――確かめてみる価値がありそうだ。


 涙目で絶叫するヘルマンを見下ろしながらクロノスは脳裏にイメージを浮かべた。


 ちょっとした特技である時間を計るときと同じように頭の中に巨大な時計を思い浮かべた。

 その瞬間、世界が白熱した。

 奇妙な光景だった。


 クロノスの目の前にはおとながひと抱えもできそうな巨大な時計が浮かんでいた。

 時を刻む針だけが十二の位置からカチコチと右回りに進む。


 きっかり三秒間。


 世界はクロノスを除き凍りついていた。

 これが世界で最強ともいわれる「時間操作」のスキルに目覚めた絶対王者誕生の瞬間だった。


「時間を操るスキル――?」


 クロノスは誰にも聞こえない大きさの声でつぶやいた。



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