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04:救い主

「ようやく気がついたか」


 気づけば天地が逆さまになってることに気づいた。

 クロノスは視界に逆向きに映るブレイグとヘルマンの姿を見て、ようやく逆さに吊るされていることに気づいた。


「なにを呆けた顔してんだよ。オッ」


 世間話をするようにヘルマンが言った。

 状況が掴めない。

 いや、ただひとつクロノスがわかることは――。


 目の前のふたりが善意を持って立っているわけではないということだ。

 逆さまになっているの非常に呼吸がしにくい。


 視線をあちこちにさ迷わせていると、水のにおいとぼんやりとした月明かりで自分が河原にいることがわかった。


「おれたちがおまえに言うことはただひとつだクロノス。このまま、すべてを忘れて街を出ろ」


 なんでもないことのようにブレイグが告げた。


「な……なぜだ。なぜ……ここまでする必要がある」

「決まってるだろ。コンスタンツのことだよ」


 煙管を吹かしていたブレイグが灰を捨てる。真っ赤な火の塊が闇に踊った。


「おまえも見ただろクロノス。もう役立たずが出張る場面じゃないんだ。あの女はレオンのものさ」

「そ……んな」


「だがな、どうも長年の情っての中々に断ち難いらしい。コンスタンツはおまえをダンジョンに置いてきたことを、今さらながら後悔しているらしい。笑えるだろ? 違う男に抱かれながら、前の男に同情心を抱いている。まったく、おれには理解し難いことだが。それでだな。もし、万が一、コンスタンツとおまえがよりを戻す気配を見せようものなら、レオンの機嫌がよろしくない。もともとは仲間だってこともある。クロノスが言うことを聞いて尻尾を巻いて田舎に帰るってんなら、コンスタンツをも諦めがつくと、こうしてお節介を焼いている、ということだ」


 クロノスは絶句すると、それから間を置いて高らかに笑いだした。


「なんだ、ついに狂いやがったのか?」

「ようするに、レオンにビビってるんだ。おまえらは」


 確信を衝かれたブレイグとヘルマンの表情が蒼白に変化する。

 あまりの怒りで血の気が引いたのだ。


「主人の機嫌を窺って尾を振る犬か」


 ブレイグとヘルマンは眦を決して掴んだ木切れを振り上げると容赦なくクロノスに叩きつけた。

 薄れる意識の中、クロノスに後悔はなかった。






「よう。どうしてこめかみを刺すんだい」

「人間は逆さに吊るしておくと頭に血が溜まってすぐ死ぬ。だからこうして血の流れる場所を作ってやると、もう少しばかり楽しめる」


 ぼんやりした意識の中、クロノスはこめかみに走る強烈な痛みでようやく現実に戻ってきた。


 目の前には話しながら遠ざかってゆくブレイグとヘルマンの後ろ姿が見えた。


 元仲間であったふたりは図星を突かれたことで常軌を逸し、樹木に宙吊りにされたクロノスに私刑を加えたのだ。

 なんら防御態勢を取ることができない状況だったので、打たれるままに頓死しなかったのは、クロノスは並みの背丈でありとりわけ筋骨たくましいといったようには見えないのだが、規格外に頑丈だったことも幸いしていた。


「くそ。俺は……ミノムシじゃねーぞ」


 怒りよりも、このまま意識を再び失うことのほうが恐ろしかった。

 あのふたりは小休止に出かけたのだろう。


 絶対に今の状態のクロノスが逃げないと確信していることからの余裕である。

 なんとしてもこの隙に逃げねばクロノスは夜明けを迎える前に幽明境を異にするだろう。

 打たれ過ぎて右目の目蓋が開かない。


 ――士は最期の瞬間まで諦めないものだ。


 父の言葉がいまさらながら脳裏に浮かんだ。


「父上、クロノスはぜったいに、こんなところで死んだりはしません……」


 生きて傷を癒し、必ずこの恥辱を晴らす。

 生を諦めずにひたすらもがいていると、闇の向こうから身を低くして近づいてくるひとつの影に気づき、身体を強張らせた。


 一瞬、レオンたちの仲間かと思ったが手足の動かせないクロノス相手にコソコソする必要はない。


「なんという酷いことを」

「……おまえは」


 暗闇に慣れた目で見れば、そこにいるのは冒険者ギルドで飼われている雑用をこなす奴隷の男だった。


 クロノスは名前をよく覚えていないが、懐があたたかくなかろうが、依頼を終えて報酬金を受け取れば必ず彼らにわずかであったが飲食を施した。


「静かに。セリアさまから命じられてあなたさまのあとを追っていたのです。さ、やつらが戻ってくる前に」


 男は短剣を取り出すと素早くクロノスを結わえていた縄を切り、いましめを素早く解いた。


「ありがたい。この礼は、必ず……」

「そんなことはいいですから。さ、早く逃げましょう」


 かくしてクロノスは日ごろの徳によって、名もなき奴隷に救われ九死に一生を得た。

 這いずるように河原を突破し、市内に入ったところでクロノスの記憶は途切れている。


「気がつかれましたか」


 再び目を開けたとき、彼の顔を覗き込んでいたのは、深い森のような碧の瞳が印象的な美しいひとりのシスターだった。




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