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03:裏切り

 どれだけの日数が経ったのかわからない。

 半月か。

 それとも一か月か。

 苦しくなったときは、コンスタンツの顔を思い出して耐えた。


 美しい彼女の亜麻色の髪に指をすべらせながら口づけをかわしたことを想いだす。

 せめて、もう一度だけ彼女と話し合うチャンスを。


 そう願って、ダンジョンの入り口に到達したとき、クロノスは疲労困憊で息をするのが精一杯という状態に陥っていた。

 もともと痩せてはいたが、今のクロノスの頬は削げダンジョンに足を踏み入れたときとは別人のような形相になっていた。


 最後のポーションを使い切ったあとは、痛みを気力で捻じ伏せながら這うように進んだ。

 身体のあちこちにはモンスターの追撃で受けた裂傷が治癒せず残っており、長らく身体を洗っていない垢と血と化膿した傷のせいでクロノスからは死臭に近いものが漂っていた。


「いらっしゃいま……クロノスさん、どうしたんですか!」


 冒険者ギルドのスウィングドアを開けるなり、旧知である受付のセリアが驚きの声を上げた。


「悪い。いま、ようやくダンジョンから戻った……」

「ひどい傷! とにかく手当てを……」


 右の顔半分を仮面で隠したセリアがその場でクロノスを抱え上げようとする。


「いや、いいよセリア。いま、俺、汚れてるから」

「そんなの関係ありません」

「……聞いたのか? 俺が、パーティーを追い出されたこと」

「知ってます。でも、クロノスさんは悪くありませんから」


 床に膝を突いたセリアの顔に彼女の長い髪がかかり、クロノスからは表情が読めない。けれど、なぜかクロノスは彼女が泣いているとわかった。


「おいおい、クロノス。マジで戻ったんかよ。生き汚ェ野郎だよな、マジで」

「ヘルマン、か」


 セリアの肩を借りて立ち上がると、七人ほどの冒険者を引き連れて元仲間だった戦士のヘルマンが姿を現した。


「け、時計野郎が。ゴキブリ並みだな」

「おうおう、とっととダンジョンでくたばっちまえばいいのによ」

「惨めだねぇ。イキってヘルマンさまの仲間面してるからそうなんだよ。ターコ」


 彼らはヘルマンの一党であり、パーティーメンバーではないが、S級の尻にくっついていればなにかいい目を見れるのでないかと考える志の低い下位ランクの冒険者たちだった。


「レオンとコンスタンツに話がある」

「……いいぜ。ついてきな」

「クロノスさん!」


「心配してくれてありがとな、セリア。傷は本当に気にしないでくれ」

「クロノスさん」


 ヘルマンは独特のスキンヘッドを大きな手のひらでツルリと撫で上げると、ザカザカ大きな跫を立てて先を行く。


「どこまで行くんだ」

「焦るなよ。おまえにゃ知らないおれたちのアジトがあるんだよ」


 冒険者ギルドから離れてしばらく行くと、街はずれの一角に古い大きな屋敷があった。


「ここの二階にふたりはいるぜ。ま、とっくりと話をしてきな」


 S級冒険者である彼らには似つかわしくないあばら家だ。

 それがクロノスの顔に出たのだろうか、ヘルマンは太い眉毛をうねうねさせてくつくつと笑いを噛み殺した。


「市内にはもっとマシな家があるんだが、なんせ、おれらは敵が多いんでね。息抜きをするにはこういう場所も乙なもんさ」


 ――こんな隠れ家があることすら知らされていなかった。


 扉を開くと、中ではソファに腰かけた盗賊のブレイグが酒を呑みながら魔術師のゴーディーと魔物使いのパッドウェイとカードをやっていた。


 三人はクロノスをじろりとひと睨みすると階段の上にある一室を顎でしゃくった。

 まるで蟲を見るような目つきだ。


 肺腑を短刀で抉られるような痛みを覚えクロノスはうめく。

 それからギシギシと階段を軋ませ、部屋のドアを叩こうとした瞬間、中から忘れるはずのない女の嬌声が漏れ聞こえ、その場で棒立ちになった。


 扉を開くなと、クロノスの中のもうひとりが必死で叫んでいる。

 ドアノブに指先をかけて薄く開くと、クロノスが一度も見たことのない白い肌が奔放に舞い踊っており、呼吸が止まった。


 それからどうして外に出たのかはわからない。

 真っ白な夜空の月を見ていると、不意に背後から声をかけられた。


 絶望の夜にようこそ――と。

 後頭部に強い衝撃を受け、なにもかもがわからなくなる。

 クロノスはすでに底なしの虚無に堕ちていた。



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