表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/23

22:絶体絶命

「なんだ……?」


 前進を続けるクロノスの脳裏に青白い火花が散った。

 ほぼ同時に前方から急速に近づいてくる強烈なエネルギー体を感じて素早く戦闘態勢を取りソフィアとトルテを後方にかばった。


 現れたのはレオンだった。

 レオンはクロノスの存在に気づいたが、声をかけることもなくスキルの効果をスピード一点にだけ振り分け、またたく間に脇をすり抜け駆け去っていった。


「あれは、レオン?」


 時間操作のスキルを使う暇もない見事な遁走だった。


「気をつけてくださいクロノスさま」


 ソフィアの声に警戒色が滲んだ。

 前方の遥か彼方に存在する強烈ななにかにクロノスは無意識のうちに全身をぶるると震わせた。


 間違いなくエビルドラゴンがこの先にいる。

 となるとレオンは敗北して逃げたと考えるのが妥当だ。

 正直なところ、レオンがクロノスを無視して勝負を放棄したのは拍子抜けだが、そんなことを考えるよりも圧倒的な恐怖が目の前に迫っており、ほかのことを考える余裕がなかった。


「そこです」


 そしてクロノスはソフィアの声に目を見開いた。

 それは巨大すぎるドラゴンだった。


 地竜と呼ばれる竜種を目にしたことがあるが、どちらかといえば、猛獣の類に過ぎなかったといまは断定できる。

 エビルドラゴンの圧倒的な大きさと生物としての格はクロノスの経験と想像をはるかに上回るものだった。


 レオンが逃げたのだ。

 クロノスが逃げても誰も責めないだろう。


 ――が、落ちていたあるものに目を奪われ、瞬間、意識が停止した。


 その女の首は岩の影に隠れるように転がっていた。

 クロノスは裾を掴んでいたソフィアの手を振り払うように駆け出すと、落ちていたコンスタンツの首にそっと手を差し伸べた。


 首だけになったコンスタンツの顔に苦痛の色はなく眠っているようであった。


 クロノスはコンスタンツの頬を両手で押し抱えるように挟みなんともいえない感情に打ち震えた。


 立ち上がったクロノスは完全に表情をなくしていた。

 自分を裏切ったコンスタンツに対する怒りとそれを捨て去ったレオンに対する怒りが腹の中で膨らんで制御し切れない。


「逃げよう。こいつには悔しいけど勝てない」


 勇者であり゛竜剣“というスキルを持ったレオンすら抗せないと判断した。


 煮え立った感情のクロノスだが実際にエビルドラゴンを見て、今持っている武器では斃せないと判断した。


「いえ、勝てます」

「ソフィア?」


「可能性は低いですが、わたしが知る限り、クロノスさまのスキルを限界まで引き出せば確実に勝利できます」

「どうやって?」


「……それはわかりません。ただ、古文書によれば刻を操るスキルは人間の限界を越えねば真の力に目覚めることはできないと。わたしがエビルドラゴンの注意を引きつけている間に、なんとかお願いします」

「逃げたほうがいい!」


「……あいにくと、相手がそれを許さないみたいですね」

 人間の肉を喰らって覚醒したエビルドラゴンはのこのこ顔を出したクロノスたちを見逃す気は到底なさそうだった。

「大丈夫ですよ。こうみえて、わわし、結構すばしっこいんです」






 言うだけあってソフィアの動きは俊敏だった。

 いままでの動きが嘘のように、華麗に引きつけてはギリギリでブレスをかわしている。


 ソフィアの期待はクロノスにとって重すぎる。

 文献であらかじめ調べて可能性があるから賭けに出たのだろうが、本人のクロノスが時間操作における真の力に目覚めなければ終わりなのだ。


 すぐさま長剣で目の前の巨大なエビルドラゴンを斃せるかどうか考えた。


 時間を止めたとしてもエビルドラゴンを通常武器で仕留められるのは至難の業だ。


 唯一可能性のある弱点は竜種にもれなくある、逆さウロコだ。

 その場所だけ竜種はウロコが逆に生えており、上手く攻撃すれば倒せる可能性がある。


 現に地竜も破格の防御力がありレオンの゛竜剣“のスキルも通用しなかったが全員で協力してなんとか逆さウロコに致命的な打撃を与えることで勝利できた。


「あうっ」


 ドラゴンはついに怒ってブレスを放ったがソフィアはほとんど人間を超えた動きで間一髪それをかわした。

 だが、ブレスがかすったのだろうか、離れた場所からでも目に見えて動きが鈍っている。


 トルテも加勢しているのだが、エビルドラゴンはこちらをまったく無視している。


(やるしかない。時間を止めて、逆さウロコを攻撃だ)


 そう考えたとき、エビルドラゴンはクロノスの心底を呼んだかの如く、くるりと反転すると、ソフィアの存在を無視してブレスを放ってきた。


 ――刻止め。


 ギリギリのところでブレスの熱が停止した。

 高熱のブレスはあとわずかでクロノスの身体を包み込むところだった。


 巨大な時計が刻をカウントし始める。

 クロノスに許された時間は十七秒しかない。

 ブレスから離れると素早く全体を回って観察を行う。


「クソ、こんな短い時間で逆さウロコを探せってか」


 エビルドラゴンのウロコは無数にある。

 たかだか数十秒で素人が読み切れるものではない。


 もし、仮にだが、ここにかつての仲間である盗賊のブレイグがいれば彼のスキルである゛偸盗“でドラゴンの弱点である箇所を一瞬で読めたのだろうが、袂を分かったのも運命というものだろう。


 対人戦においてはほぼ無敵の効果を発揮した時間操作のスキルであるが、隔絶した防御力を有するドラゴンを相手にするのであれば、工夫が足らなかった。


「マズ――!」


 時計がカウントを終えて世界の時間が動き出す。

 エビルドラゴンは確かに捉えたはずのクロノスがブレスの有効範囲外に退いたのを知り、焦燥をみせた。


 だが、それは同時に命の危機であり、どこか手を抜いていたエビルドラゴンの本気を引き出す結果となった。

 巨大な咢がクロノスを襲う。


 敢えて必殺の武器で遠距離からの攻撃を取らなかったのはクロノスがドラゴンのブレスを掻き消す効果を持つなんらかのマジックアイテムを持っていると警戒したのだろう。


 そもそも深読みする程度にはエビルドラゴンの知能は高い。

 クロノスの時間操作のスキルに回数制限はないのだが、感覚的に限界があるということくらい理解していた。


 そもそも地上を走りながらでも、クロノスほどの鍛え上げられた身体能力があれば時間を止めずとも外観のウロコの一部を見定めるのは不可能ではない。


 だが、過信はときしとして命取りになる。

 スキルを使う暇もなく必殺の間合いでエビルドラゴンの噛み込みが放たれた。


 巨大な牙がクロノスの身体を呑み込む寸前――。

 気づけば背中をギリギリのところで突き飛ばされた。


 ――刻止め。


 判断が刹那の瞬間遅かったのだ。

 転がされて、誰もが凍りつく世界でクロノスが見たのは巨大な顎から生える牙で胴を貫かれたソフィアの姿だった。

 ぷつぷつと全身の毛穴が開いて汗が浮き出てくる。


 エビルドラゴンの顎の中に身体を入れて上下に開いた。

 ソフィアを抱えて走り出す。


 だが、十八秒では離れられる距離はたかが知れている。

 遠ざかった場所で時間停止が解けて肩に載せていたトルテが絶叫した。


「なんで、こんなことを……!」


 ソフィアが喋ろうしてゴボと血泡を吹いた。


「同じです……」

「え?」


「わたしも仇持ちだったんです……でも、いいんです……結局、こんな最期がわたしには……ふさわしいんです……」


 遠くを見つめるソフィアの瞳は潤みを増して生まれたての嬰児のように無垢だった。


「好きですよ……ふふ、クロノスさまといっしょの冒険……楽しかったなぁ……」

「姫さま!」


 トルテがソフィアの頬に身体をすり寄せて叫んだ。

 抱えていた彼女が四肢を激しく痙攣させた。

 それからソフィアは眠るように目を閉じた。

 前方からトドメを刺そうとエビルドラゴンが猛進する。


 地響きでダンジョンが揺れて細かな石屑が剥落してパラパラと顔に降りかかった。


「クロノス、あんただけでも逃げなさい! わたしたちのことはもういいから! 姫さまも意思を無駄にしないで!」


 ソフィアの身体が冷たくなってゆく。

 怒りで血が凍った。

 エビルドラゴンが猛烈な勢いで迫る。


 前傾姿勢だ。

 顎を突き出してブレスを吐き出す態勢を取っている。

 クロノスを完全に舐め切っている証拠だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] これ、明らかにコンスタンツとか生き返るパターンな気がする。触れた物の時を戻すとか?
[一言] コンスタンツが本当にあっさり死んだのが惜しくなるわ
[一言] 時間操作の真骨頂は時間停止などではなく時戻しということでしょうかね?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ