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21:S級パーティーの凋落

 ダンジョン攻略開始から十二日経過――。

 勇者レオンの率いるS級冒険者パーティーは深刻な食糧不足で機能不全に陥りつつあった。


 最後のポーターが罠に嵌って頓死してから三日。

 メンバーもレオン、コンスタンツ、ヘルマン、ゴーディーの四人を残すところなった。


 あれほど明るくパーティーのムードメーカーだったコンスタンツも必要以上に口を利かなくなっていた。

 レオンは自分の空になった水筒を逆さに振ると当然のようにヘルマンへと水を要求した。


「ヘルマン、水だ」

「けど、これはおれのぶん……」

「ぜんぶとはいっていない。ひと口だけだ。喉を潤す程度」

「……おう」


 長い逡巡の後、ヘルマンは逆らえないと観念して水筒を手渡した。

 レオンは焼けつく喉を潤すために水を咥内に含んで目を閉じた。

 甘露とはこのことを言うのだろうか。


 だが、いくら水が甘くともすべてを飲み干すわけにはいかない。

 荷物の運搬を行っていたポーターのすべてを失ったいま、レオンたちは命を繋ぐ糧も帰途に就くための路もわからないありさまだ。


 ヘルマンは賢くもなく増上慢だがレオンの能力が優れているのを知っているので、いまは、牛馬のように扱われても反抗はしないだろうが、これ以上追い詰めるとなにもかもわからなくなった獣のように暴発する恐れがある。魔術師のゴーディーにザックを運搬する力はなく、とすると、レオンが残った荷を担ぐことになる。


 ――冗談じゃない。そんな真似ができるか。


 思えばクロノスはそういった荷運びにおいては一流だった。

「なあ、レオン、本当にこっちであってるんだろうな」

「ああ」


 ゴーディーが久方ぶりに口を利いた。

 現時点ではなんら有効活用されていないゴーディーをレオンは生きた火砲として扱った。


 この男は゛炎水“という火と水を合成させた奇妙な魔術を一回の戦闘で複数回放てる生きた兵器だ。


「ね、ねえ、ちょっと休憩しないレオン?」


 甘ったれたように肩を触ってくるコンスタンツにレオンは不快な表情を隠しもしなかった。


「ご、ごめんね。そんな顔しないで」


 彼女は弓兵としての役目よりもレオンとしては性処理係としての役目しか期待していなかった。


 普通の娼婦をダンジョン内で連れ歩くことも不可能なので、小生意気なクロノスから寝取ってやったが、次第に狎れてベタベタしてくる態度にイラつきが止まらない。


 ――肉壺風情が。調子に乗るなよ。


 熟考すればコンスタンツを取り上げた時点でクロノスに構わなければよかったのだ。

 レオンは才に溢れる勇者であったが、粘り強い根気には欠けていた。


 幼いころからなにをやらせてもすぐに勘を掴んで習得してしまい、そのために時間をかけてものごとを進めるということができなくなってしまった。


 ――竜は、竜はどこだ。


 ブレイグもパッドウェイも戻らないということは、あのクロノスに敗れたということだ。

 スキルがないクロノスに敗れるとすれば、それは経験からくる知恵だろう。


 永遠に続くかと思われた地獄はそこで打ち切りになった。

 探し求めていたエビルドラゴンが急に目の前で開けた大空洞の中央で寝そべっていたのだ。


「ゴーディー、最大火力で迎え撃て。ヘルマンは盾になり時間を稼げ。コンスタンツは援護だ!」


 レオンは声を張り上げると仲間たちに指示を飛ばし、自分はスキルの準備に入った。

 三人の応じる声に力が籠る。

 エビルドラゴンを斃せばこの今回の依頼は完遂される。


 同時にそれは終わりのない迷宮の徘徊に終止符が打たれることだった。

 全員が半月近いダンジョン攻略に嫌気がさしていた。レオンもクロノスとの勝負がなければいの一番に撤退を要求していただろう。


 レオンは全員がエビルドラゴンに打ちかかると同時にスキルの準備に入った。


 勇者であるレオンが保持するスキル゛竜剣“は発動までに時間がかかるが、全能力を底上げする究極に近い技のひとつだ。


「は――?」


 だが、レオンの計算とは裏腹に、まず魔術で遠隔攻撃を行おうとしていたゴーディーに向かってエビルドラゴンから強烈なブレスが放たれた。


 ある程度後方に下がって距離を取っていなかったらレオンも巻き込まれていただろう。 

 エビルドラゴンの強烈なブレスはごおっとダンジョンの暗闇を掻き消して一直線にゴーディーを襲った。


 強烈な粉塵が消え失せたのち、レオンはゴーディーの胸から上が消失しているのを見て我を失った。


 おそらくは高温の炎であるブレスは欠片も残さず一撃でS級である魔術師の本領を発揮する前にその存在を世界から消し去ったのだ。


「くっ」


 コンスタンツがスキルである゛必中“を使用して矢を放った。

 狙いは眼球だろう。


 さすがにスキルが発動した状態での狙撃が狙いをはずすことはなかったが、コンスタンツの放った矢はドラゴンの目に当たったというのに、まるで岩に当たったかのようにいとも簡単に弾き返された。


「こ、この野郎!」


 焦ったヘルマンが゛剛力“を発動させて、両手持ちで大剣をエビルドラゴンの無防備な腹に叩き込んだ。


「ぐわっ」


 巨岩を粉々に砕く必殺の攻撃もエビルドラゴンにはかすり傷ひとつ与えられないのか、軽く弾かれた。


 ――そんな馬鹿な。


 レオンには勇者かつS級冒険者であるという強烈な自負があった。

 最下層のボスモンスターであるといえ、少なくともレオンが認める最強メンバーの攻撃がまったく通じないというのは計算外でしかない。


 エビルドラゴンは特にレオンたちを意識する様子もなくゆっくりと巨大な身体を持ち上げると、呆然とするヘルマンに向けて尻尾を振るった。


 巨木がものすごい勢いでブチあったのと同じ打撃力だ。

 ヘルマンは声も上げられずに全身の骨を粉々に打ち砕かれると岩壁にぶつかって、肉餅と化した。


 ずるり、と打ち殺された蚊のようにヘルマンの身体は原形を留めず落下する。


「た、たしけ……たしけ、て」


 まだ息があるのかヘルマンはずるずると這いずりながら、あらぬ方向に捻じ曲がった腕を向けてきた。


 だが、エビルドラゴンはくしゃみのようなブレスを不意に発射するとヘルマンだったものは消し炭になった。


「ねえ、みんなやられちゃったわよ! レオン、どうす――え?」


 弓を構えていたコンスタンツは不意に片脚をエビルドラゴンの前足で掴まれ高々と持ち上げられた。

 それからのレオンの判断は素早かった。

 コンスタンツを顧みることは一切せず脱兎の如くその場を逃げ出したのだ。


「え、ええ、嘘でしょ! 助け、助けてええっ、レオンんんんっ!」


 コンスタンツはべきぼきと脚の骨を圧迫されて粉砕されるとびゅおと勢いよく岩肌に叩きつけられた。


 瞬間的にコンスタンツの身体は骨のないくらげのように微塵に砕かれ、血と肉の塊に変じた。


 彼女にとって唯一の救いだったのは、痛みを感じる暇もなく昇天したことであろう。


 エビルドラゴンは猫が捕らえたネズミをいたぶるように念入りにコンスタンツだったものをグズグズの肉塊にすると、やわらかい胴体だけを食べて、首と四肢はプッと吐き出した。



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― 新着の感想 ―
 まあ、ドラゴンでは無く彼に殺させてあげたかった気も僅かに。
[一言] ビッチさんが昇天? 堕獄の間違いでしょう。
[一言] うーん、色んな意味でインスタンツ。Σ(-∀-;)
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