20:ソフィアの過去
そこにはすべてそろっていた。
羨まれることはあっても羨むことは一生ないと思っていた。
淑女として生まれて一度として粗略に扱われたことはない。
実の父母ですら彼女に対して常に敬意を払い、その言葉に悪意、恐れ、不快などマイナスのイメージを含まれることはなかった。また彼女も常に優雅で完璧で誰からも愛される存在だった。
――ソフィアがいるだけで誰もが笑顔になるわ。
母が言った。
ソフィアは笑ってごまかしたが、当然と受け止めても驕ることはなく、すべてが真実だった。
日々の生活に不満も不安もなく、汚れたものはソフィアの人生で目にすることは一度もなかった。
すべてが奪われるその日まで。
奇妙な魔術を使う悪魔の軍団が現れてソフィアの楽園は、これでもかというほど踏み躙られ、叩き潰され、徹底的に破壊しつくされた。
父王の前で美貌の母は凌辱され、悪魔たちはそれを酒の肴にして終われば、まず母を、次いで父を嬲り殺しにした。
忠義の士は最期までソフィアをかばって無残な死を遂げた。
侍女たちは残らず貞操を穢され、もっともソフィアに忠良だったひとりは魔術でスライムに姿を変えられた。
投獄されたソフィアはまだ未熟な身体を魔術師とそれに与した反逆者たちに徹底的に玩弄物とされた。
身体に奴隷の烙印を焼きつけられ、屈辱と死を骨の髄まで教え込まれた。
卑猥な言葉を自ら喜んで述べるように調教され、いつしか、汚濁に満ちた饗宴に歓喜することで自分を守り、また、王族の誇りをことあるごとに思い返し、怒りと自らの情けなさに涙した。
逃げ出せたのは、忠良な騎士の奮戦のおかげだった。ソフィアとそれほど歳の変わらぬ少年の八面六臂の活躍でなんとか逃げ出せたが、それは地獄へ続く苦痛の始まりでしかなかった。
学もなく針仕事ひとつ、家事ひとつできないソフィアは身体を売ることで、日々の糧を得て耐え凌いだ。
世間知らずゆえに男に騙されて奴隷と売り払われ、誰も信じないと決めた。
侍女であり奇妙な怪物に身を変えられたトルテと再会してから、その日暮らしを止め、生き甲斐を見出した。
――どんなことがあっても父母の仇を討つ。
気づけば数年が経過し、ソフィアは大人になっていた。
もう、少女ではない。
ゆえに、身を聖職の衣で覆い、偽りの神の名を唱えて市井から我が復讎を果たすべき才能のある人材の発掘にすべてをかけた。
トルテと各地をさすらい、いくつかの戦う術を身に着けた。
廃教会を非合法の技で手に入れアジトにし、ときを待った。
かくしてソフィアは行き場を失った野良犬を見つけた。
はじめは酔狂のようなものであったが、古代の文献にあった一文とその男のスキルが妙に気になった。
紆余曲折あり、ソフィアは野良犬を手に入れた。
それは飢えていたが、どこか目に純なものが残っており、ソフィアは我が爪牙としてふさわしいと、奇妙なことだが直感で決めた。
まずは、野良犬を忠犬に作り替えるために、少々手を焼いてやらねばならない。
その犬の爪牙が完全に鋭く研ぎ終わるまで。




