02:決死行
「うぶげっ、これは……!」
手渡された水筒を飲みかけてえずく。
念入りにも呑めないように毒が混入されていたのだ。
喉の奥が毒のせいで焼けつくように痛む。
クロノスは冷たい岩肌に両腕を押しつけて、無理やり立ち上がった。
地図もないダンジョンの最深部で生命線である水を奪われるということは、死を意味する。
乏しい食料は三日ももたないだろう。
それでもなお、クロノスはダンジョンを地上に向かって遡行することをやめなかった。
「来たな」
顔を上げる。
そこには群れからはぐれたクロノスに迫るエビルデーモンたちの姿があった。
S級冒険者であるレオンたちでさえ、単騎では苦戦する上級悪魔たちに取り囲まれれば、努力だけでなんとかC級に上がったクロノスではとても太刀打ちできない。
おまけにクロノスは斥候職でありパーティー内ではあくまで戦闘要員ではなかった。
――逃げる。
彼の取る方法はひとつだった。
恥ではない。
クロノスにとっては、どんな手を使っても生きて地上に戻ることが、唯一仲間たちを見返す希望だった。
飢えと渇き、さらには地図なしで道迷いに苦しみ、襲い来るモンスターたちから逃げ惑い、精も根も尽き果てそうなクロノスを、強い思いが支えていた。
その感情は一口では言い表せない。
怒りであるとか訊ねれば間違いなく、それも混ざっていたが、正確にはレオンたち元パーティーに対するものがすべてではなかった。
――もっとも怒りを覚えたのは自分の不甲斐なさだ。
レオンに指摘されるまでは、見ない振りをしていたのだ。
「現実を、か」
お荷物である自分の実力と現実から目を背けていた。
本来であるならば、もっと早い時期に離脱を宣告されていてもおかしくはなかった。
(俺は、自分が立ち上げたパーティーだからといって、勘違いしていたんじゃないのか?)
スキルといえば時間を正確に計るチンケなものしかない。
「ぐっ」
皮膚を切られ、あちこちに軽微ではない打撃を受けながらクロノスはあえぐようにダンジョンを遡ってゆく。
なえそうになる気力を、岩肌からつたう泥の混じった露を舐めて奮い立たせ、歩いた。
――この十年すべての経験を活かすときがきたのだ。