17:ブレイグの最期
「ひ、ひいいっ。なんだよ、バケモンだああっ」
ポーターたちが逃げ出そうとする。
ブレイグは落ちていた短剣を掴むと逃げるポーターのひとりに投げつけ、絶命させた。
「逃げるんじゃねぇ。おれの許可なくこの場を離れたやつから殺してやる」
「だ、だって、オレたちは下級冒険者をやるって聞いただけでついてきたんで。第一、ブレイグさん! アンタだってそこの男にいいようにやられてるだけじゃないですかっ!」
「なんだと?」
痛いところを突かれたのかブレイグの表情が一層険しいものに変化した。
ブレイグは落ちていたもう一振りの短剣を掴むと、暴言を吐いたポーターの男に飛びかかって馬乗りになり、手にした短剣で無茶苦茶に突き刺しまくった。
「おおっ、誰がやられたって? あの時計野郎にかよっ! どう見たらそう見えんだよっ! ああ? 舐めてんじゃねぇよ、おれはS級だぞォ!」
「ぎいいっ、やべっ、やべてぇえええっ!」
ポーターのひとりを惨殺したブレイグは立ち上がると自分の鼻梁に刺さった矢を引き抜き、へし折りながら鬼気迫る形相で言った。
「クロノス、おまえだけは許さねぇ。よくもおれをコケにしてくれたな。生きたままバラバラにしてやる!」
「そうかい。じゃあ、口だけじゃないとこを見せてくれよ」
ブレイグが叫びながら短剣を振り上げ斬りかかってくる。
偸盗。
盗賊であるブレイグが使用できる特殊スキルだ。
この技はスピードを飛躍的に倍加させ、その上、敵の武器を強制的に盗み取るという驚異的なスキルである。
だが、ブレイグは技の発動時に幾つか致命的な失敗を冒していた。
まず距離。
当然のことながら対人用のスキルなので偸盗の発動時には最低限十メートル以内に入っていなければいけない前提条件があった。
さらに言うとブレイグはこの技を使用するにあたって玄妙な指捌きを必要としたが、すでにクロノスによって手の甲をブチ抜かれるというミスがあった。
この二点は通常時の冴えたブレイグならば技の発動を控え、一旦引いてポーションなどで怪我を直してから再戦というのが常道であったが、それすら一考できないほど彼の戦術は柔軟さを欠いていたのだ。
「時間、停止」
クロノスは目前の空で固まったブレイグの形相に眉ひとつ変えず時間操作を行った。
停止時間は十五秒。
徹底的にブレイグを斃すには充分過ぎた。
「ブレイグ。テメーは俺を舐めすぎだ」
クロノスは長剣を引き抜くと宙に舞ったブレイグの両腕に斬撃を放った。
と、いっても時間停止状態では対象者はあらゆる防御態勢を取ることができないので、クロノスからしたら大根を包丁で切るのと同じである。
両腕を切断したのち、ブレイグの両脚の太腿に斬撃を入れる。
――自慢の脚だがもう二度と使うことはできないな。
それから、ヒュッヒュッと長剣を振りぬいてブレイグの顔面に無数の切れ目を入れた。
敢えて眼球は残しておく。
死に際にクロノスの顔をジックリと見つめ敗北感を味わってもらうからだ。
そしてトドメに肺腑へと長剣を二度三度突き入れた。
――これは戦闘ではない。一方的な虐殺だ。
クロノスは平均的な倫理と精神を持ち合わせており、このやり方に疑問がないわけではない。
だが、戦う相手も天与の才であるスキルを存分に使っているのだ。
「手を抜くのは失礼だよな」
腰を入れて回転しながらブレイグの無防備な喉を横一直線に断ち割った。
時間の止まった状態では出血は起こらず、代わりに赤黒いザクロのような肉がパックリと見えた。
宙に浮かんでいた思念体の時計が終わりの刻を告げ、バラバラに弾けて消える。
同時に全身のあちこちに重傷を負ったブレイグが驚愕の表情で前のめりに倒れ込んだ。
「ガッ、ガアッ、な、なぜ……いつ、いつ!?」
血泡を吹き散らかしながら四肢を切断されたブレイグは喉をゴボゴボ鳴らして問うた。
「これが俺とおまえの差だよ。俺のスキルはおまえたち雑魚には見えない」
クロノスはブレイグの頭をサッカーボールを扱うようにつま先で蹴り上げた。
ブレイグは血まみれになった状態で転がると、声にならない声を上げて悶えた。
「ま……まっ……」
「トドメを刺すのが決闘の作法だ」
「まっ……!」
「待ってやらねぇ」
長剣を振り上げるとクロノスはブレイグの頭部をためらいなく斬り落とした。
S級冒険者ブレイグはクロノスの神スキルの前に手も足も出ずに敗れるのだった。




