16:格の違い
「クロノス。まさかおまえがここまでおれたちの手をわずらわさせるとは思ってもいなかったぜ。そこのシスターも運が悪かったな。物好きにこの男を助けようとするからだぜ。きな。もっとも、このおれが本気を出したからには逃げられると思うなよ」
ブレイグは両腕を組んだまま、そう威嚇するとクロノスが震えて降参するのが当然であるという態度を微塵も崩さなかった。
以前のクロノスであらば、スキルの差というものを肌身で知っていたので、逃げるか、それともおとなしく黙って言うことを聞くかの二択しかなかったわけだが、今は違う。
時間操作という最強レベルのスキルがあるのだ。
ブレイグの余裕のなさは戦闘要員ではないポーターたちに無理やり弩を構えさせていることから一瞬でわかった。
ブレイグの言うとおりにしてもクロノスの身が安全な確率はゼロに近い。
第一、ブレイグという野盗あがりのこの男は真正のサディストなのだ。
拷問を受けた上にダンジョンのどこかで野晒しにされるのは目に見えていた。
――刻止め。
躊躇なくクロノスはスキルを使用した。時間操作のスキルは使用するごとに一秒ずつ更新される。
現在のスキル限界時間は十四秒。
思えばこのブレイグには出会った当初から侮られ続けていた。
スキルがなければ人間ではない。
あるとしても劣ったスキルの人間は劣等種だ。
その借りを返すときがきたのだ。
この場で徹底的にブレイグを嘲弄し、人を愚弄し続けたツケを払って地獄に落ちてもらわなければならない。
「どうした時計野郎。怖すぎて動けなくなったか?」
「怖い? そりゃこっちのセリフだ。野卑なコソ泥風情が頼もしい勇者さまの裾にすがってイキり顔も結構だが、おまえは手先が器用なのと、逃げ足が素早いだけのクソ雑魚じゃないか」
「殺す」
ブレイグも決定的に煽り耐性がなかった。
「けどな、刻は俺のものだ」
クロノスが拳をパッと正面に突き出しグッと握り込む。
同時に巨大な時計が宙に現れ世界は停止した。
時間は十四秒。
手始めにブレイグの自尊心を粉々にするのは充分過ぎるほどの時間だった。
「さて」
クロノスは二十メートルほどの距離を一気に詰めると、まず、ポーターたちの持つ弩の弦を片っ端から切り落とした。
これで武器は無効化された。
装填されていた矢を奪うと三人のポーターたちの右手の甲にそれぞれ突き刺しておく。
「んで、お次はブレイグだな」
すでに腰にあるふた振りの短剣を引き抜こうとしていたのか、やや腰を落としてもの凄い形相で虚空を見つめる姿は傍から見れば滑稽そのものだった。
「ほいよ」
クロノスはブレイグの指からふた振りの短剣を奪うと、これも両手の甲にサクッと刺しておく。
それから余った矢の残りを両耳と鼻に突き刺して最初の挑発行動は終わりとした。
小走りに駆けて元の位置に戻る。
――ほぼ同時に時間が動き出し絶叫が流れた。
「ひうっ」
「あうあっ」
「あがあっ」
三人のポーターは訳がわからないといった表情で自分の手の甲に刺さった矢を見つめ腰砕けになる。
「がああっ」
とりわけ混乱の度合いが強かったのはブレイグだった。
彼の両手の甲と耳と鼻には短剣と矢が突き刺さっているのである。
突如として出現した激痛に悶えながらブレイグは鼻血を噴出させ、刺さった短剣や矢を引き抜くのに四苦八苦した。
「どうしたコソ泥野郎。戦闘はとっくに始まっているんだぞ。それともおまえのスキルは口だけなのか?」
「あがーっ、ぐああっ」
ブレイグは手の甲に刺さった短剣をどうにか引き抜くと、素早く鼻梁を横から貫いている矢を抜き去った。
勢いよく血潮が流れブレイグの冷静な面貌が驚愕と恐れに塗り潰されていた。




