13:エビルドラゴン討伐
「舐めるなよ、レオン。おまえが勇者だと? 笑わせるな。竜剣のスキルがなければおまえは経験もロクにないただの百姓の小倅よ。だいたいが、この国は勇者認定の基準がゆるすぎるわ。おまえ程度のスキルの持ち主など一歩国を出ればいくらでもおるわい」
「ギルマス。僕たちをS級認定したのはあなたですよね? それを貶めるような言葉を公然と用いるとは、まさしく本末転倒では?」
「本来ならば組合員同士の私闘はご法度じゃが、それではレオンもクロノスも納得がいかないじゃろう。そこで提案じゃ。ずっと棚上げになっていた、コイツで決着をつけるのはどうじゃ?」
コースは胸元から一枚の依頼書を取り出すと広げてみせた。
それは、クロノスがパーティーを追放されたときにも攻略していたレイジュのダンジョンに救うドラゴンの討伐依頼だった。
「レオンたちとクロノスのどちらか先がエビルドラゴンを斃したほうが勝ち、敗者はスッパリと冒険者ギルドを去る。もちろん、通常の報酬以外にもわし個人が金三千をつけよう。それならばどうじゃ」
「金三千だって……?」
「それだけありゃあ十年は遊んで暮らせらぁ」
周囲の下級冒険者たちが口々にコースの追加懸賞金に色めき立った。
「エビルドラゴンの討伐ね。確かにそいつは前回そこにいる無能の離脱問題で棚上げになっていた」
このドラゴンの討伐はSランクレベルであり、最下層に潜む難敵をレオンたちも見つけられずに終わっていた。
レオンはあからさまに自分たちが失敗したのはクロノスのせいだと言っているのだ。
わずかにクロノスに対する同情心があったコンスタンツもいまは敵意の目で睨みつけている。
そこには長年の厚誼や男女としての情愛の残滓もなく、ただただ自分たちの地位と名誉を確保するのに汲々としているひどく下卑たものだった。
このようなチマチマとしたやりとりがよりクロノスを白けさせ感情を希薄なものに導いている。
「だが、力量不足で、おまけにぼっちのクロノスくんがこの条件を受けるかな? 君はさっさとこの場で僕たちに謝罪し、今後二度と逆らわないと誓うならば、もう一度ポーターとして使ってやっても構わないが?」
「逃げるつもりか」
「あぁ?」
「俺との勝負が怖いんだろう。腰抜け勇者」
レオンは鼻っ柱が強く、竜剣という優れたスキルに開眼してから、ギルドでこのように正面切って挑発を受けたことがなく、いうなれば煽り耐性はゼロに近かった。
「誰が腰抜けだ。受けてやろうじゃないか」
「ようし、これで勝負は成立した。ドラゴン狩り競争はたった今からスタートじゃ。ほら、おまえたちも油を売っていないでとっとと出かけろ。黙ってS級の尻にくっついていても昇級することはありえんぞ」
コースがパンパンと手を打つと、広間にいた冒険者たちは三々五々散っていった。
「ま、せいぜい君はぼっちで頑張るんだな」
安い挑発に乗ることはなくクロノスはレオンに冷眼を向けた。
レオンたちS級冒険者パーティーは、クロノスに強烈な怒りの視線を向けながらギルドを出て行った。
「ギルドマスター、ご配慮ありがとうございます」
「フン、わしはおまえをひいきにしとるわけじゃないぞ。パーティー内のいざこざも本来では望ましくないが、あくまで勝負はフェアにやってほしいだけじゃ」
「あいつと対等にやりあえる場を作っていただいただけで感謝しています」
「クロノス。だが、レオンの行動は行き過ぎた感もあるが、ある意味仕方のないことじゃ。女が弱い男に惚れることはありえん。おまえが追放されたのもわしは特に同情せんが、そのあとのやり方が陰湿で気に喰わぬ。おまえもせいぜい気張ってドラゴンを斃す方法を考えるのじゃな。他国ではスキルなどなくとも、余裕で竜を狩るバケモノみたいな豪傑は車に積み枡で量るほどおるからの」
コースはそれだけ言うとズシンズシンと地響きのような跫音を立てて去っていった。
「さ、俺も行くか」
「すみませんクロノスさん。私が協力できればよかったのですけれど……」
申し訳なさそうにセリアが左目に涙を滲ませた。
さすがにただの受付嬢をメンバーとしてダンジョンに連れてゆくことはできない。
「いえ、ご心配なさらずに。クロノスさまはひとりではありません」
「あなたは?」
セリアは目の覚めるような青の僧衣を纏った美しいシスターを見て目を白黒させた。
孤立無援で最強のS級冒険者パーティーに立ち向かうと思われたクロノスを助けるためにソフィアが現れたのだ。
「わたしはソフィアと申します。ヒーラーとしてクロノスさまのバディにぜひ」
「本当ですかっ」
ソフィアの申し出にセリアはパッと表情を明るくした。
「あ、でも新規の方ですね。ギルドに登録するには、必要な書類が」
「一式持参しました。ご確認願えますでしょうか」
「あ、はい。お任せします。急いでやりますからっ」
冒険者ギルドに加入するには、一応の身元引受人の添え状といくらかの料金が必要であったが、事前に打ち合わせておいたとおり、ソフィアの書類に漏れはなかった。




