12:ギルドマスター
「なにをやったんだクロノス」
完全に表情を消したレオンが一歩前に進み出て訊ねた。
「さあな。手品の種を自分からばらすわけないだろ」
「ヘルマンが言ってたことはあながち嘘じゃなかったわけか」
レオンがゆったりとさらに前に出た。
クロノスは怖じずに距離を詰める。
「レオン。俺はおまえたちに追放されたときのままじゃない。この場で始めるのなら、それでもいい」
クロノスの言葉に狂気を感じたのかレオンは頬をヒクと引き攣らせた。
「本気か?」
「まあな。どっちにしろ俺はおまえたちと違って失うものはひとつもないんだ。そうさせたのは、おまえらだろう」
対峙したふたりの間に必殺の気合が立ち込め、ギルド内の空気が緊張する。
ヤジを飛ばす人間はもういなかった。
このまま両者が互いの均衡を破って血で血を洗う殺し合いになるかと思われた瞬間――。
「おい、オメェら。わしのギルドでなに騒いでやがる」
ヌッと後方から現れた巨体に全員の視線が釘付けになった。
大きい。
顔も、頭も、身体も、腕も、脚も、すべてが規格外の大きさだった。
身長は二メートル半をはるかに超えている。
大きく作られている入口の扉をかがまなければ頭が通らないほど巨大な人間だった。
といって亜人ではない。
普通の人間族であるが、ただ単純にデカいのだ。
髪は白髪がほとんどであるが、服を通してもわかる筋骨のたくましさは威圧感があった。
指の一本一本も太く掴まれただけで並みの男ならば捩じ切られそうな頑丈さがあった。
「ギルドマスター!」
「ほっ、セリアか、いま帰ったぞ」
孫ほどの年齢である受付嬢をひょいと肩に担ぎ上げると、冒険者ギルドのマスターであるコース・フォン・フックはバカでかい歯をみせて愉しそうに笑った。
この山賊の親玉のような風貌の男こそ、一代で冒険者ギルドを作り、この街に定着させた知らぬものはない豪傑である。
当年とって六十六歳だが、八人の妾を侍らし五十を超える子を持つ万夫不当の生きた伝説であった。
「レオン。テメェ、わしが留守の間相当にイキってくれたみたいじゃねぇか。アン? しかも飼ってる奴隷にまで手を出されちゃ、わしもいつまでも甘い顔しちゃおれんぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいギルマス。手紙でなにを知ったかは知りませんが、すべてはそこの時計野郎が――」
「小僧」
ギヌロとコースが慌てて抗弁しようとしたヘルマンを睨みつけた。
「ひ!」
ヌッとコースの巨大な腕が差し伸ばされヘルマンの右肩を掴みいとも簡単に空へと持ち上げた。
「うちの受付イジメてんじゃねぇよ」
「ぎっ、いだっ、放せ、放せぇええっ」
ヘルマンも百八十を超え体重も百キロ超の巨躯であるが、まるで幼児のようにコースの右手に掴まれて高々と差し上げられた。
スキルである剛力を使用しているのだろうが、コースの単純な握力のほうが凌駕しているのだろう。まったくもって逃れることができず、そのままゴミを捨てるかのようにポイと投げられた。
「ぶげ!」
ヘルマンは全身を壁に打ちつけると赤黒い血を吐いた。
「レオン……!」
コンスタンツが駆け寄ってレオンの右腕にすがる。クロノスはいまだその状況に慣れず口元に苦みを湛えた。
「手紙を全部読んだ。レオンよ、これでもわしは一応ギルマスを張ってる。おまえの主張も聞いておくかの」
「……元パーティーのクロノスは僕の再登用を断った挙句、説得に赴いたヘルマンを傷つけて協力してくれたギルド所有の奴隷カプルを殺害しました。勇者の称号を持つ僕としては、クロノスに対して速やかに刑吏に自首することを望みます」
立て板に水を流すが如くレオンはよどみなく、あらかじめ用意してた言葉をすらすらと喋った。
それに対してコースは特徴的であるギザギザの歯をみせて巨大な瞳をギョロリと動かす。
「ホッ、セリアの手紙とは真逆よの。大方、おまえが寝取ったコンスタンツの迷いがないよう人の好いクロノスをさらに辱めようと、チョロチョロ動いちょったんじゃろうて?」
「ギルドマスター! レオンはそんなことする人じゃありません!」
コンスタンツは声を上げてレオンを擁護するが、コースにひと睨みされると黙ってしまった。
「だがの。わしはクロノスがパーティーから離脱したとしか詳しくは聞いておらん。そもそも、冒険に関してのスキルがないことと実力不足が問題じゃったのなら、どうして剛力のスキルを持つヘルマンがいいようにコテンパンにされて、あまつさえクロノスに同情的だったカプルが殺されねばならんのだ? わしはカプルからクロノスの善行を聞いたことはあったが、レオンたちのことは一度もないぞ」
「……」
「だんまりか。どっちにせよ、ギルドの私闘は厳禁じゃ。それもレオンよ。おまえは昼間から腰巾着どもを集めてわしのギルドで好き放題しようとしておったのは間違いないじゃろうて」
「僕は勇者ですよ。サーサラ国認定勇者のこの僕と、一匹狼の三流の言、どちらを信じるのですか?」




