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10:復讎の女神

 真夜中に治癒士を無理やり叩き起こして、切り離された右腕を無理やり繋いだヘルマンは薬がロクに効かないせいで顔中に数珠玉のような汗をたっぷりかいてひたすら身体を縮こませていた。


 同様に、盗賊のブレイグ、魔物使いのパッドウェイ、魔術士のゴーディーも怖じ入って下を向いている。

 この場はあきらかに勇者であるレオンが支配していた。


「ねえ、痛いの。それ?」


 レオンはボーッとした目でヘルマンの血が沁みた包帯を凝視している。


「あ、ああ。でも、大丈夫だ。二、三日すれば痛みも引くから、そうなればいの一番でリベンジを――」


 声をかけられたことで、赦されたと勘違いしたヘルマンが主人の機嫌を窺う犬のようにへりくだった態度でチラチラと視線をレオンに向ける。


 だが、レオンは手にした杖でヘルマンの傷口あたりをなんら手加減なく突いた。

 ヘルマンはあまりの痛みに声にならない絶叫を上げてその場に片膝を突く。


「へええ、こりゃあ痛そうだ。痛いよな? な、な?」


 レオンは喜色満面の笑みを浮かべると、目をギラギラさせてヘルマンの顔を覗き込む。

 痛みを噛み殺していたヘルマンはさらにじわりと血が滲み出てきた包帯を左手で押さえながら媚びた笑みを無理やり作ってレオンの機嫌損ねないように口角を無理やり上げた。


「レオン。おれに行かせてくれ。あの無能の居場所はわかっているんだろ。おれはヘルマンのようなへまはしない」


「うーん、けどさ。ヘルマンはパワー系の馬鹿だけど正面から突入してどうにもならないってことは、あのクロノスが相当な搦め手を持ってるってことだよ。ブレイグは僕のパーティーに必要なんだ。無理はさせたくないなあ。力だけが自慢のスキル持ちなんてギルドに替えはいくらでもいるしなあ」


 あからさまに「おまえの代わりなんていくらでもいるんだよ」と宣告されたヘルマンは悔しそうな目でレオンではなく、同輩のブレイグを睨みつけた。


「じゃあどうするんだよレオン。あの時計野郎をこのまま放っておくのかよ」


 ヘルマンとは比較的仲のよい魔術士のゴーディーが不満そうに抗議の声を荒立てた。ヘルマンは仲間のかばい立てする気持ちがうれしかったのか、泣き笑いの表情になる。


「ゴーディー。僕はそれほどお優しい性格じゃないぜ。コンスタンツは僕のものになったけど、心ってのは単純じゃない。長年連れ添った情ってのは一瞬で断ち切れるもんじゃないんだよ。ちょっとしたことで僕のお人形の気持ちがほかに戻るのは許せない。ま、コンスタンツにはこれから時間をかけて調教を行うけど、その前にどうにかクロノスに因果を含めて、コンスタンツがこりゃダメだって心底見切りをつける状況を演出したいんだよ。そのために、ヘルマンとブレイグに前準備としてのお仕置きを続行してもらうはずだったんだ」


 レオンは腕組みをしたまま「うーん」と考え込んでしまった。


「とりあえず眠いからちょっと休んでから考えることにするよ。どちらにせよ、僕たちのパーティーからはずれたクロノスには悪者になってもらわないと困るけどね」


 一同がホッと肩の荷を下ろしたせいか室内の空気までもゆるんだ。

 それほどまでに、このパーティーで勇者レオンの存在は絶対だった。


「なにか笑えるじゃないか。あの時計くんがちょっとばかり変わったスキルを手に入れたって、この勇者である僕にかなうわけないのにね」





 夢ではなかった。

 すべて丸ごと真実であることをクロノスは教会のやや硬めのベッドの上で思い知らされていた。


 昨晩、といっても数時間前のことであるが、ソフィアから気つけといわれて渡されたポーションの薬効は抜群だった。

 指を動かすのが億劫なくらいであった身体に活力が戻っている。


 高原のさわやかな朝を迎えたような、スッキリした頭になると、やはりここ最近に我がことに起こった目まぐるしい変化に痛みと戸惑いを覚えた。


 クロノスは、もう、ここ最近毎朝願っていた。

 目が覚めれば、すべて夢であり、自分は以前と同じくパーティーで時計野郎と罵られながらも、恋人のコンスタンツともそれなりに仲良くやっているという風景を。


 ――いいや、自分は気づいていたのだ。遅からず、こんなふうにすべてから見捨てられひとりになってしまう日がくることを。


 特別なスキルがなくとも、能力を最大限まで高めていけば、きっとS級冒険者である彼らと同じ高みに昇れるだろうと。

 だが、そんな妄想は弱者の慰めで。


 唯一確かなのは、人格が低劣で元の仲間であってもなんら躊躇なく傷つけることを許可されるであろう圧倒的天賦の才というものがどれほどものかということだった。


「おはようクロノス。調子はどう」

「トルテか。おはよう、調子は滅法いいよ」


「あは。滅法いいときたか。私もそれを聞けば安心よ。さ、お薬お薬。わたしが調合したお薬はよく効くわよう」


 ピーチスライムのトルテが朝から元気に跳ねながら薬を持ってきた。

 饅頭より少し大きい程度の彼女であるが、声の強さから不思議と存在感を感じさせ、そこにモンスターと接しているという違和感はなかった。


「ね。ホントに無理しなくてもいいのよ。少なくとも私とソフィアさまはあんたの味方だからさ」

「……悪い。ホントいうと、ちょっと今までのことを思い出していた」


「そう。酷なこと言うけど、そういう感傷は捨てたほうがいいわ。ずいぶん、むつかしいでしょうけど」

「俺、思うんだ。もしかして、俺がもっとみんなの役に立つすごいスキルを持ってたら、もっと上手くやれたんじゃないかって」


「それはないと思います」

「ソフィア……」


「おはようごさいますクロノスさま。話を戻しますけれど、あなたのパーティーに加わってきたメンバーの性格は低劣にして外道です。彼らはたぶんクロノスさまがどのように優れたスキルをお持ちになっていたとしても、なんらかのケチをつけて遅かれ早かれこのような次第になっていたでしょう」


「……」

「ソフィアさま」


「トルテ、もう少しだけクロノスさまに意見させて。昨晩のヘルマンという戦士を指嗾させたレオンという勇者にわずかでも人間らしい心と慈悲があればあのように狂った襲撃命令など出さないはずです。とかく、このようなことをする人間には取り立てて深い考えなど持ち合わせてはいないのですよ。すべては自分の自尊心と優越感を満足させるために、仮にも仲間の恋人を奪っておきながら、存在自体が邪魔だというように、さらなる屈辱を加えようとするのは、もう、心も身体もおかしくなっています。断言できますよ」


「そう、かな……」

「クロノスさま。心を強く持ってください。あなたのその能力は神が復讎を果たせとそうおっしゃっているからなのです」


 ソフィアの瞳がキラッと鋭く輝く。

 クロノスは復讎の女神に魅入られ生唾を呑み込んだ。



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