01:追放と烙印
「クロノス。皆が言わないだろうから、僕から代表としてハッキリ通達する。今日限りでこのパーティーを抜けてくれ」
「は?」
青天の霹靂だった。
冒険者クロノスは自分よりも三歳若い勇者レオンにそう宣言され、担ぎ直そうとしていたザックを取り落とした。
水や食料、それに冒険に必要な道具、さらには寝具が詰め込まれたザックはパンパンに膨らんでおり、優に百キロは超えるだろう。腕力でこのザックを上げるのは難しく、一度腰を落として背を入れて片膝を着けない限り、上げることは難しい。
(……じゃなくてだ。なにを現実逃避しているんだ、俺は)
S級冒険者パーティーとして冒険者ギルドに名を馳せた『暁の星』はクロノスと幼馴染みで恋人のコンスタンツが立ち上げた五年がかりのものだ。
ソーサラ国の勇者として輿望を集めるレオンをはじめとする仲間たちは、去年から加入した新参であり、『暁の星』と名付けた創始者のクロノスがそのように言われる筋合いは本来ないはずだった。
――なにを寝ぼけたことを言っているんだ。
クロノスが恋人兼相棒であるコンスタンツを探したところ、彼女は視線に気づくとサッとレオンの背に隠れギュッとしがみつく。
それで鈍感な男もようやく気付いた。
――ああ、もう、自分の居場所はここにはないということを。
「ちょっと待ってくれ。それが一同の総意なのか? 理由をせめて説明してくれ」
「言えば君が惨めになると思って気遣ったのだが、魯鈍なクロノスはどうやら現実を言葉にしなければ思い切れないみたいだね。スキルのない君は、僕らS級全員の足手まといなんだよ」
それを言われるとクロノスもさすがに黙りこくるほかない。
勇者であるレオンは゛竜剣“を。
盗賊であるブレイグは゛偸盗“を。
戦士であるヘルマンは゛剛力“を。
魔物使いであるパッドウェイは゛調教“を。
魔術師であるゴーディーは゛炎水“を。
そして幼馴染みであるコンスタンツも弓使いの極技といわれる゛必中“のスキルを生まれつき、あるいは開眼し手に入れていたのだ。
「だけど、俺は――」
「おいおい、クロノスよう。まさかオメェの時間読みがスキルだなんて戯言はやめてくれよなぁ」
戦士であるヘルマンが嘲るように言った。彼が指摘したクロノスのスキルらしいスキルは゛時間読み“といういわゆるどのような状態でも誤りなく現在時刻がわかる程度のスキルという天与のギフトとは言えない一般人のちょっとすごい特技程度しかなかった。
それはそれで、時として手持ちの時計を狂わせる中で時間を知りたいときに役立つものではあったが、S級という超人たちの枠に入る能力かといえば無理がありすぎた。
戦闘や補助スキルのない一般人は冒険者としてやっていけない。
絶対に無理ではないが、ダンジョンの最深部にもぐって超一級の極悪モンスターと伍することは端から無理なのだ。
クロノスのようなスキルがない冒険者もギルドでは普通に活躍しているが、彼らのフィールドは低階層の攻略や弱モンスター狩り、あるいは薬草摘みといった分相応のものである。
そう言った意味では勇者であるレオンが言うようにクロノスがこのS級パーティーに所属していること自体が場違いと言えた。
「そういうことだ雑魚。レオンが言うようにおまえは、とっととパーティーから抜けておれたちのまえに二度と顔を見せなきゃいいだけだ」
盗賊のブレイグがなんら感情を込めずに言った。
クロノスは助けを求めるようにコンスタンツを見た。
「ちょっと待った。コンスタンツ。俺たち、これで、こんなことで本当に終わりなのか?」
ふたりは昨日今日ではなく生まれてからほぼ一緒に生活してきた。
だが、コンスタンツはクロノスの言葉に対してこたえることなく、気まずそうに顔を伏せるだけで沈黙した。
「カハハ。まだわかんねぇのか! この能無しが。弱っちい役立たずが先輩面できる時間はもう終わったんだよ! コンスタンツと話がしたきゃ、ダンジョンを出ることだな。もっとも、たかだか斥候風情がたったひとりでギルドに戻れたらの話だがな!」
ヘルマンが赤い舌をくねらせ、乱杭歯を剥き出しにして大笑した。
「くっ――」
ここまで言われてクロノスもレオンたちにすがるほど情けないプライドは持ち合わせていなかった。
もう一度だけコンスタンツに視線を向けるがレオンがかばうように前に出た。
悔しさで顎に力が入り歯が軋んだ。
レオンたちはもはやクロノスに興味を失ったかのように、ダンジョンの奥地へと進んでゆく。
いくら心細いといっても後を追うようなみっともない真似だけは死んでもできなかった。
足元には分けられたひとり分の食料と道具が取り残されている。
――せめてもの慈悲というわけか。
両拳を握りしめその場に立ち尽くすクロノスにレオンが振り返らず言った。
「クロノスよ。万が一の話だが、おまえひとりでダンジョンから戻ることができたら、コンスタンツも見直すかもしれないぞ」
レオンの言葉にクロノスは表情を歪めた。
「なら、やってやろうじゃないか」
かくして最深部からの逃避行が始まった。