怠惰な冒険者たち
エルザのマッサージを受けると翌日にはすっかりと筋肉痛はなくなった。
念のために翌日も屋敷でゆっくりとしていたが、すこぶる調子がいいせいか屋敷でのんびりするのも飽きてしまった。こんな日は外出するに限る。
静かな場所でのんびりしていたので少し騒がしいところに行きたい気分だった。
王都で騒がしい場所と言えば、冒険者ギルドだろう。
最近、顔を出していなかったし、冒険者たちに催促される前にこちらから出向くことにしよう。
そう決めた俺は屋敷から悠々と歩いてギルドに向かった。
ギルドにやってくると、朝っぱらから呑んだくれている冒険者がいて騒がしい。
「妙に冒険者が多いな?」
ギルドの掲示板は早朝に更新される。そのために冒険者たちはこぞって早くに起きて、実入りのいい依頼書を奪い合うものだ。
そのためこのくらいの時間になると、冒険者のほとんどが依頼に出ており、ギルド内は閑散としているもの。
しかし、そんな時間にも関わらずギルド内には多くの冒険者がたむろしている。特に依頼を吟味しているわけでも、打ち合わせをしているでもない。
ただただ併設された酒場に集まって飲み食いしているだけだ。
「こんにちは、クーシャさん。今日は妙に皆さんが集まっていますけど、何か祝い事でもあるんですか?」
「クレトさん! やっと来てくれましたね!」
声をかけると、クーシャが感激したような声を上げて俺の手を取った。
熱の籠った声に来たばかりの俺は戸惑う。
「えっと、どうかしたんですか?」
「聞いてください、クレトさん! 冒険者の皆さんが依頼を受けてくれなくなったんですよぉ~! お陰で未消化の依頼があんなにも壁に生えて!」
涙を流しながら訴えるクーシャ。
掲示板を見てみると、壁にはこんもりと依頼書が張られていた。
分厚くなり過ぎてまさに壁に生えている状態。
あそこまで掲示板が依頼書で盛り上がった姿は初めてだ。
「これはギルドとしても一大事ですね。一体、どうしてそのようなことに?」
「原因はクレトさんなんです」
「えっ? 俺のせいですか!?」
まさかの元凶が俺だと言われて、こちらとしては驚く他ない。
「皆さんがクレトさんの便利な魔法の虜になってしまって、クレトさんの魔法がないと遠いところには行きたくないと駄々をこねて……」
「あ、ああー……」
理由によっては抗議するつもりであったが、クーシャの述べた理由を考えると俺のせいと言われても仕方がない。
「しかし、冒険者の皆さんだって依頼を受けないことには暮らしていけないのでは?」
冒険者とはフリーターみたいなものだ。いくら面倒とはいえ、稼ぎがないと生きていけないはずだ。
「今年はクレトさんの魔法のお陰で一日でいくつもの依頼をこなすことができましたし、ハーピー討伐戦もありました。冒険者たちの懐がとても温まっているのです」
「ああー」
どうやら王都の冒険者たちはちょっとした小金持ちになっており、多少働かなくても余裕で生きていけるようだ。
お金があれば命を賭けてまで無理に働くことはない。
俺がいない間にチマチマと稼ぐよりも、俺がやってきた時にたんまりと稼ぐ方が効率的。王都の冒険者たちがそう考えるのも無理ないかもしれない。
「クレトさん……ッ!」
どうしようかと考えていると、クーシャが俺の手を取ってうるうるとした瞳で見上げてくる。後ろで控えている職員さんからの視線も感じた。
この状況の原因の一旦は俺にあるわけだし、ここで手伝ってあげないとクーシャをはじめとする職員も困りそうだ。
「わかりました。やりましょう」
「ありがとうございます!」
パアッと輝く表情で礼を言ってくるクーシャ。
あまりにも嬉しそうな彼女の反応に苦笑しながら受付から離れ、冒険者のたむろしている酒場に。
「転送屋です。これから転送業務を行いますが、転送して欲しい冒険者の方はいますか?」
「おおっ! 転送屋がいるじゃねえか! おい、急いで依頼を見繕え!」
「あいつがいるなら今日はガッツリ稼げるぞ!」
転送を行うことを告げると、冒険者たちがすぐに反応して動き出す。
転送があれば働く気はしっかりとあるみたいだな。とはいえ、俺がいないと依頼を受けなくなるというのは少し困る。冒険者たちには少し釘を刺す必要があるだろう。
「転送の前に少しお話があります」
声を張り上げると、騒がしく動いていた冒険者がピタリと動きを止めた。
「最近、ギルドでは未消化の依頼が溜まっています。私の転送が便利だからといって、依頼を受けないというのは少し困ります。私も常に王都にいるわけではないですから。この状態が続けば、ギルド側も何かしらの対策に踏み切る場合もあります。たとえば、依頼を受けない期間が長ければ罰則が課
されるなど。そのようなことにならないように私がいなくても日ごろからしっかり依頼をこなすようにお願いいたします」
真剣な口調で伝えると、冒険者たちも事態の重さに納得したのか、口々に了承の返事がきた。
コツコツと依頼をこなすのが当たり前の冒険者として、盛り上がった掲示板には罪悪感があったのだろう。思っていた以上に素直な反応が返ってきて驚いた。
これなら俺がいない時に未消化の依頼が溜まることはなくなるだろう。
●
たくさんの冒険者を転送し終わると、ギルドでホッと一息をつく。
ギルドでたむろしていた冒険者はほとんどいなくなり閑散としていた。代わりに忙しくなったのはクーシャをはじめとするギルド職員で慌ただしく動き回っていた。
あれだけ一気に依頼が受注されればそうなるよね。
果実水を飲みながら苦笑していると、ギルドの外から聞き覚えのある声が響いてきた。
「最近、あいつらたるみ過ぎだよな!」
「ううむ、そうだな。掲示板には未消化の依頼が溜まっていくばかりだ」
「あまり他人に干渉したくはありませんが、このままですとギルドの運営に支障が出ることは明らかでしょうね」
「……私もサボりたい」
「バッカ! あたしたちが依頼を受けなきゃ大勢の依頼人が困るだろうが! クレトがいないからってサボってばかりの奴らには喝を入れてやる! おい! てめえら!」
鋭い叫び声を上げて入ってきたのはヘレナだ。
後ろにはロックス、レイド、アルナといった『雷鳴の剣』の面々が勢揃いだ。
「――って、あれ? 冒険者がほとんどいねえぞ?」
ヘレナが肩透かしを食らったように呟き、視線を巡らせると俺と目が合った。
「こんにちは、ヘレナさん」
ヘレナが嬉しそうにやってきてバシバシと背中を叩いた。
彼女なりのコミュニケーションなのだろうが相変わらず力が強い。飲んだばかりの果実水が出てきそうだ。
「……なるほど。冒険者たちが綺麗さっぱりいなくなったのはクレトさんの仕業だったのですね」
ごっそりと依頼書の減った掲示板を見て、レイドが納得したように言った。
「その通りです。とはいえ、同じようなことが起きてはギルドに申し訳がないので、冒険者の皆さんには注意しておきましたよ」
「なんだ。クレトがもう言ってくれたのか」
「はい、意外とすんなりと聞き入れてくれた様子でした」
「……これだけ便利な支援を打ち切られたら私たちも困る」
「今やギルドでもっとも怒らせたくない相手はクレトかもしれないな!」
アルナがぼそりと呟き、ロックスが豪快に笑う。
脅しているようなつもりはないんだけど、俺の機嫌を損ねると二度と転送して貰えなくなるくらいのことは思っていそうだ。
まあ、未消化の依頼が溜まってギルドに迷惑をかけるよりはマシかな。
「ところで、クレトさん。まだ転送業務はやっていますか?」
眼鏡を人差し指で持ち上げたレイドが期待のこもった眼差しを向けてくる。
「やっています。依頼を受けるのであれば、転送いたしますよ」
「やった! クレトの魔法で依頼をこなせるぞ!」
「おや? 俺が来てから露骨にはやる気を見せるとは、他の冒険者たちとは同じなのでは?」
「違うかんな! アタシたちはクレトがいなくても、ちゃんと依頼をこなしていたからな! 他の怠け者と一緒にするな!」
喜んだ様子のヘレナをからかうと必死になって否定してきた。
「冗談ですよ。ヘレナさんたちが真面目なのはわかっていますから」
「お、おう」
向上心が高く、ギルドのために他の冒険者を注意しようとしていたくらいだ。そんな彼女たちが依頼をサボるはずがない。
素直にそう告げると、ヘレナがどこか照れ臭そうな顔をして離れた。
しばらく待機していると、ヘレナたちが掲示板からいくつかの依頼書を持ってきた。
依頼場所にきちんと転送できるかを確認していく。
「おや? このトツトツというのはどんなものなんです?」
依頼書の一つにあるトツトツの採取というもの。依頼書を眺める限り、食べ物のようだが聞いたことがなかった。
「ん? クレトはトツトツを知らねえのか?」
「はい、知りません。どんなものか教えてもらってもいいですか?」
「トツトツというのは、棘に包まれており、秋になると茶色くなり実が成熟する果実です」
「……塩茹でにして食べると美味しい」
んん? この季節が旬で棘に包まれている果実って栗のことではないだろうか? 塩茹でにして食べるところなんかもそっくりだ。
「なるほど。そのような食べ物があるんですね」
「興味があるならクレトも付いてくるか? 採取だけじゃなく魔物の退治も兼ねているけど、そこまで危険な相手じゃねえ」
「なら、お言葉に甘えて少しだけ同行させてもらえますか?」
「おお、いいぜ。付いてこい付いてこい」
ヘレナの誘いに俺は乗ることにした。
もしも、それが栗であれば、是非とも採取して食べたいものだ。




