アルテと再びハウリン村
アルテとカーミラを転送することになった当日。
俺はゼラール城の近くへとやってきた。
城を見上げて待っていると、最上階の廊下からカーミラが手を振るのが見えた。
周囲の人払いが住み、迎えに来て欲しい時の合図だ。
アルテの私室に転移できるとはいえ、相手に準備は必要だからな。
前回は緊急時だったので仕方がないとはいえ、第一王女の私室に直接転移するのは望ましくない。
俺は建物の陰に隠れると、ゼラール城の最上階廊下に転移をする。
「ッ!」
すると、カーミラは凄まじい殺気を漏らして剣に手をかけた。
「ちょっ、怖いです!」
「すまない。わかってはいたのだが、突然間合いに入られると咄嗟に身体が反応して……」
後退りながら言うと、カーミラは恥じるように頭を下げて謝罪してくれた。
「いえ、ご職業柄仕方がない事ですから」
「クレト殿の寛大な心に感謝する」
なんだか武人のようだと思ったが、その通り彼女は武人だった。
「アルティミシア様の私室に案内する」
顔を上げるとカーミラはくるりと背中を向けて歩き出すので、俺は後ろを付いていく。
カツカツとカーミラの靴音が響き渡る。
最上階の廊下には使用人は全くいないので、部外者である俺を咎める者はいない。
いたとしても傍にはカーミラがいるので咎められることもないだろうが。
長い廊下を突き進むと、やがて大きな二枚扉にたどり着いた。
「アルティミシア様、クレト殿をお連れしました」
「うむ、入れ」
カーミラがノックして声をかけると、中から幼くも鷹揚な声が響いた。
「クレト、久し振りじゃな!」
カーミラが扉を開けてくれて中に入ると、仁王立ちをしたアルテがいた。
「お久し振りです、アルティミシア様」
「アルティミシアではない! 今日はアルテとしてお主に会っているんじゃ!」
丁寧に挨拶をすると、アルテが不満そうな顔で言ってきた。
その意味するところはアルティミシア王女としてではなく、冒険者アルテとして気楽に接して欲しいという意味だろう。
現に今の姿はパレードの時に見たようなドレス姿ではなく、一緒に旅をした時の動きやすい格好であった。
俺としてはその対応でも問題ないが、護衛騎士であるカーミラが許してくれるかどうかわからない。
「えっと……」
「カーミラ、そういうわけなので良いな?」
「承知しました」
俺の意図を察してくれたアルテがそのように言うと、カーミラは頷いた。
納得してというより、どこか諦観を滲ませる表情だった。
「わかった。それじゃあ、前と同じように気楽に行かせてもらうよ。後で不敬罪とかは無しだからな?」
「しまった! その手があったか! 不敬罪としてひっ捕らえ、なし崩し的に取り込めば……」
「……そんなことしたら一目散に転移で逃げるからな?」
「じょ、冗談じゃよ! クレトの友人であるわらわがそんなことを考えるわけないだろう」
わははと豪快に笑ってみせるアルテ。
冗談にしてはやけに具体的なプランだったが、アルテの言う友情とやらを信じることにしよう。
「二か月も前の話になるけど、パレードが無事に終わったようで何よりだよ」
アルテはこの国の第一王女だ。
いくら転移できるとはいえ、気軽に会うことはできない。
前回の依頼を終えてから会うのはこれが初めてだった。
「クレトのお陰で憂いなく参加することができた。改めて礼を言うぞ」
にっこりと嬉しそうに笑うアルテ。
カーミラから満足していたとの報告は聞いたが、やはり本人から直接言われると依頼を受けた側としては嬉しいものだ。
「にしても、アルテが化粧をしてドレスを着るなんてね。王女様だから当然っちゃ当然だけど綺麗になっていてビックリしたよ」
「クレトはアルテとしての姿がほとんどじゃったからな。そう言われるとなんだか気恥ずかしいものだ。素直に誉め言葉として受け取っておこう」
鷹揚な態度で頷いているが、顔や耳は真っ赤に染まっていた。
日頃、アルティミシア王女の姿を見ている者であれば問題ないが、アルテとしての姿しか知らない俺に言われるのは恥ずかしいのだろう。
彼女だって王族だ。社交界にだって出席しているだろうし、俺なんかの拙い誉め言葉で照れるはずもない。
とはいえ、このように照れられるとなんだか妙な居心地になってしまう。
「どういたしまして。無断で一週間近く留守にしたわけだけど、周りの人に怒られたりしなかった?」
「それはもうこっぴどく怒られたぞ!」
空気を変えるように話題を変えると、アルテはすぐに乗ってパレードの後のことを報告してくれた。
やはり、第一王女がパレード直前に失踪という前代未聞の事件は王城をかなり揺るがせたらしい。
「じゃが、安心しろ。わらわがクレトと一緒にいたことは誰にも言っていないからな!」
フフンと鼻を鳴らして腕を組んでみせるアルテ。
その態度がまったく懲りていないことを示しているな。
「とはいえ、王城を騒がした罰として父上にパーティーや公務を積みに積まれてしまった。このままではわらわの身と心が持たん! というわけで、クレト。わらわはリフレッシュがしたい! ハウリン村に連れて行ってくれ!」
前のめりになって熱弁するアルテ。
これが今回転送を願い出ることになった詳細なきっかけのようだ。
なんだか自業自得のような気もするが、ここまでハウリン村を気に入ってもらえると俺としても嬉しい。素直に連れて行きたいと思える。
「わかった。カーミラ様から聞いていると思うけど、ハウリン村は収穫時期なんだ。行ってもゆっくりするというより、手伝いに駆り出されるかもしれないけど、それについては問題ないかい?」
「問題ない! わらわも収穫作業を手伝うのじゃ!」
俺の忠告を嫌がることなく、むしろ望んでいるかのような嬉しさでアルテは頷いた。
ここまで農作業をやりたがる王女というのも世界的に見て珍しいのではないだろうか。
「わかった。それじゃあ、転移で連れていくけど準備は大丈夫かい?」
「わらわは問題ない」
「私も準備はできております」
「……アルテはともかく、カーミラ様の格好はかなり目立つことになりますが……」
「む、それもそうか。クレト、少し待て。カーミラの格好を地味なものにする」
「あ、はい」
ということは、カーミラがここで着替えることになるのだろう。
俺はすぐに意図を察して私室を出る。
しばらくすると、「入ってよいぞ!」と声が聞こえたので私室に戻る。
「すまない。待たせたな。この程度であれば、問題ないだろうか?」
そこには鎧を脱ぎ去って最低限の防具に身を包んだカーミラがいた。
「村に女性の戦士はほぼいないので多少は注目を集めますが、問題はないかと」
腰に引っ提げている剣の格までは誤魔化し切れないが、これなら街から流入してきた冒険者とも言えなくもない。
おおらかな村人が多いのでそこまで気にされないはずだ。
「では、ハウリン村に向かいましょうか」
「うむ!」
アルテとカーミラの準備が問題ないことを確認すると、俺はアルテの私室で空間魔法を発動させた。
視界がブレたと思った次の瞬間には、ゼラール城の一室ではなく、視界一面に麦畑が広がっていた。
爽やかな風が吹き、黄金色に染まった穂がゆらゆらと揺れている。
「おおー! 久し振りのハウリン村じゃー!」
「ここがハウリン村ですか。実に長閑な場所ですね」
はしゃぐアルテとは対照的に、初めてやってきたカーミラは実に冷静な反応だ。
注意深く周囲を眺めているのは、護衛としての安全面の確認をしているのだろう。
「なにやら大勢の者たちが集まっておるの!」
アルテに言われて周囲を確認してみると、麦畑では大勢の人が集まって刈り入れ作業を始めていた。
「刈り入れ作業が始まったのかもしれないな」
「おお! ワクワクするな! ニーナはどこじゃ? 久し振りに会いたいぞ!」
「そうだね。ひとまず、ニーナの家に向かって――」
「あっ! クレトだ!」
なんて話をしていると、ちょうど話題に上がっていたニーナが駆け寄ってきた。
「久し振りじゃな、ニーナ!」
「あれれっ!? アルテお姉ちゃん? なんでここにいるの?」
ひょっこりと顔を出したアルテを見て、ニーナが目を丸くさせる。
「ニーナたちに会いたくなってクレトに連れてきてもらったのじゃ!」
「そうだったんだ! また会えて嬉しい!」
互いに手を取り合ってぴょんぴょんと飛び跳ねるアルテとニーナ。
実に無邪気な反応に見ているこちらの頬も緩んでしまう。
護衛であるカーミラもアルテの様子を見て微笑ましそうにしていた。
「ニーナ、村の様子を見る限り刈り入れが始まったのかな?」
「うん! 今日からだよ! うちも夏に撒いた野菜が収穫できるから、誰かにお手伝いを頼もうと思っていたんだ」
「それならわらわが手伝うぞ!」
「本当? やったー! ところで、そっちのお姉さんは?」
「わらわの相棒の冒険者カーミラじゃ」
「カーミラと申します。よろしくお願いします」
カーミラは今回冒険者ということになっている。
護衛騎士だと名乗ると、アルテが高位の貴族や王族であることがバレてしまうからな。
ハウリン村の生活では俺もカーミラさんと呼ぶようにしている。
「カーミラさん、スラッとしててカッコいいね! よろしく!」
ニーナの笑顔に少したじろぐカーミラ。
彼女の純粋は心地よく、ちょっとくすぐったいので気持ちは少しわかる。
「おうおう! ここに随分とイキのいい男がいるじゃねえか!」
「えっ?」
彼女たちの自己紹介を眺めていると、不意に後ろから声がかかった。
振り返ると、そこには麦わら帽子を被ったオルガいる。
「ハウリン村での刈り入れ作業は若者が手伝うのが習わしだ。アンドレから聞いているよな?」
「いや、俺はニーナの畑の収穫を手伝いに――」
「あんだけ人手がいれば十分だろ? クレト、お前はこっちの戦場に来い」
俺が逃げないようにかガッチリと肩に腕を回してくるオルガ。
ギラついた瞳をしており、俺を見る目が完全に獲物を見るソレだった。
逃げられない。
「…………はい」
諦めたように頷くと、オルガが上機嫌で俺を連れていく。
アルテとカーミラはそれを止めるでもなく見送り、ニーナの応援の声が背中で響いた。




