ガラハド山脈
転移でいくつかの素材を仕入れた俺は、平原で資料を眺めながら次の目的地を考える。
無造作に転移を繰り返していると、無駄に魔力を消耗して疲れてしまうので、できるだけ転移を行う回数や距離が少なくなるように考えなければいけない。
「えーっと、ここからだと近いのはガラハド山脈が……」
王国の遥か北側に横たわる山脈地帯。
起伏の激しい地形をしている上に出没する魔物が高ランクばかりなので、一般人では立ち入ることのできない山脈だ。
本来なら屈強な冒険者がパーティーを組んで攻略するような場所だが、俺には転移があるのでそのような険しい道のりや魔物はスルーして進むことができる。
とはいえ、危険地帯であることには変わりないので少し気合いを入れて向かわないといけない場所だ。
ガラハド山脈には何度か行ったことがあるので、景色を思い浮かべて転移。
牧歌的な平原から場所は変わり、起伏の激しい山脈地帯へとやってきた。
標高が高いせいか気温が低く、空気も薄いように感じる。
どんよりとした雲が広がっており、周囲に広がる植生もどこかおどろおどろしい。
そこかしこで何かしらの気配がして落ち着かない気持ちになる。
今回の依頼主は高名な陶芸家だ。
頂上付近にある家に転移すればいいのだが、道中にある素材を欲しがっているので採取してから行かなければならない。
正直、こんな危険地帯で採取なんてしたくないが、依頼人が所望とあればやるしかない。
「とりあえず、魔水晶を採りに行くか」
前回採取した場所を思い出して転移。
ガラハド山脈の崖地にやってくる。
見下ろすと深い谷があり、その合間を縫うように大きな魚が泳いでおり、亜龍が飛びながら火を噴いていた。
「うお、相変わらずおっかない場所だな」
魔水晶とは、空気中にある豊富な魔力を取り込んで稀に発生する水晶のこと。
当然、魔力が豊富な場所には、危険な魔物も集まっているわけだ。
「えーっと、魔水晶は……あったあった」
崖上から視線を巡らせると、翡翠色の水晶が崖から突き出すようにあった。
「相変わらずとんでもない場所にあるな。普通の人はどうやって採取するんだ?」
崖には僅かに足場や凹凸らしきものがあるが、まさかそれを下っていくのだろうか? 魔法を駆使して行こうにも、空でも飛べない限りかなり難しそうだ。
「とりあえず、慎重に転移だな」
足場が比較的しっかりとしている場所を見定める。
大雑把な着地をすれば、そのまま谷に真っ逆さまになる可能性が高いし、衝撃で足場が崩れる可能性もあるからな。
念入りに目的地の様子を視認しながら転移を行う。
「よっと」
大人一人が辛うじて歩けるような窪みに、羽毛のような柔らかい着地を決めた。
足場が崩れたりする様子はない。
目の前には魔水晶が輝かしい光を放っていた。
「空間斬」
空間魔法で魔水晶の根元を切断。そのまま亜空間へと収納してしまう。
本来であれば、ハンマーやツルハシといった工具で採掘をするのだが、こんな足場が不安定な場所では振るえるはずもない。
数回打ち付けただけで足場が崩壊してしまうので、ちょっと強引な採取の仕方なのは許してほしい。
「えーっと、次はあそことあそこか……」
すぐに近くにも魔水晶が突き出しているので、僅かな足場や窪地を見つけて転移していく。
そして、同じように空間魔法を使って根元から斬ってしまうと収納だ。
「このくらいで十分かな?」
採取できた魔水晶は五つ。
まだまだ群生している魔水晶はたくさんあるが、そもそもの足場がなかったり、魔物の巣の近くであったりとリスクが高い。これで十分だろう。
崖上へと転移して一気に安全地帯へ。
「ふう、無事に戻ってこれた」
足場がしっかりしていることに心底ホッとする。
水筒の水を飲んで一休みしようとすると、不意に後ろでズズンッという足音が聞こえた。
振り返ると、センチメンタルゴーレムとプロテクトゴーレムがいた。
「……あの人が喜びそうな素材だな」
センチメンタルやプロテクトという鉱石で身体構成されているゴーレムだ。
これが普通の魔物であれば無視をするのだが、これも依頼人が非常に喜ぶ素材なので採取することにしよう。
通常であれば、身体に纏う硬質な鉱石によって攻撃のほとんどを阻まれ、魔法すらも軽減されてしまう防御力の高い厄介な魔物なのだが……。
「空間斬」
空間魔法を発動した次の瞬間、センチメンタルゴーレムとプロテクトゴーレムの上半身は横にずれて、がしゃんと地面に落ちた。
物理防御、魔法防御のどちらも無視できる空間魔法を扱う俺にとっては、ただ鈍重な魔物でしかなかった。
二体のゴーレムがしっかり活動停止していることを確認すると、まとめて亜空間へと収納。
「これくらいあれば十分かな」
魔水晶、センチメンタルゴーレム、プロテクトゴーレムの素材がこれだけたくさんあれば依頼主も機嫌良くしてくれるに違いない。
道中の素材採取が終われば、あとはもう転移で一直線だ。
俺は依頼主の家の傍の景色を思い浮かべると、そのまま転移した。
●
依頼主が住んでいるのはガラハド山脈の頂上近く。
鬱蒼とした草木に紛れるようにこっそりと丸太で造られた家が建っていた。
「こんにちは」
扉をノックすると、ゆっくりと扉が開いて男が顔を出した。
年齢は初老に差し掛かる頃合いであるが、背筋はピンと伸びており、身体にはしっかりと筋肉がついていた。
「エミリオ商会のクレトです。お久しぶりです、オルクスさん」
「……もうお前さんがくる頃合いだったか。中に入れ」
「お邪魔します」
中に入ると、柔らかな木の香りが漂っていた。室内のほとんどが木製というのは新鮮だ。
丸太で構成された家だからこそ感じられる雰囲気がいい。
「適当に座っていろ」
オルクスにそう言われ、リビングの丸太イスに腰を下ろす。
室内には全て自作だと思われる家具の数々が設置されていた。
天井はとても高く、リビングには解放感がある。
奥にはリビングよりも広い作業部屋が見えており、そこにはたくさんの食器が並んでいた。
そんな風に室内を眺めて休憩していると、オルクスがお茶を持ってくる。
喉が渇いていた俺は早速手を伸ばして飲む。
独特な渋みと酸味が感じられるお茶だった。
たとえるなら、少し酸っぱさの感じる緑茶のようなものだろうか。不思議な味わいであるが悪くないと思う。ガラハド山脈で採れたものなのだろう。
「ほれ、いつもの品だ」
お茶を飲んでホッとしていると、オルクスが大きな包みを持ってきた。
包みを広げると、そこには様々な種類の食器が入っている。
そのどれもがオルクスが作った陶芸品の数々だ。
「ありがとうございます」
オルクスはかなり有名な陶芸家であり、彼が作る品々は王侯貴族にかなり人気を博すのだとか。
しかし、彼は各地から引っ張りだこにされるのに嫌気が差したらしく、滅多に人の入ることのないガラハド山脈に居を移して生活している。
どうしてこのような過酷な山脈に住んでいるのかは、この山には陶芸品を作るための良質な素材がたくさんあるかららしい。作品を作るためにここまでできる胆力が素直にすごいと思う。
「では、こちらが商会からお送りする品々です」
「確認させてもらう」
このような人里離れた場所に住んでいると、何かと不便なこともある。
食料の種類は限られているし、衣類だって存在しない。ここ以外で採れる素材を手に入れるのだって一苦労だ。
そんなオルクスをエミリオ商会は支援し、引き換えに定期的に作品を卸してもらっているのだ。簡単に説明すると、エミリオとレフィーリアのような関係に近いだろう。
にしても、レフィーリアといいオルクスといい、エミリオの人脈は広いな。
貴族や商人には、絵画や陶芸の収集を趣味にしている人も多いと聞く。きっと、受け取った作品を手土産に商売を円滑に進めているのだろうな。
「あと道中で入手してきた魔水晶です」
「まったく毎度毎度よく採ってこれるもんだ。俺でも魔水晶を採ってくるのはかなり苦労するんだが……」
「俺には特別な魔法がありますから。というか、オルクスさんはどうやって採るんですか?」
「そりゃ、崖から降りていくしかないだろ?」
「足場が悪いですし、ほとんどないですよね?」
「悪いし少ないだけでちゃんとあるだろ?」
どうやらあの悪環境の中を生身で降りて採ってくるらしい。転移で採ってくる俺よりもそっちの方が何倍もすごい気がする。
ガラハド山脈に住める時点でただものじゃないのはわかっているけど、明らかに常軌を逸した身体能力だ。
「……オルクスさんって、実は高名な冒険者だったりします?」
「んなわけねえだろ。俺は陶芸を趣味にしているただの老いぼれだ」
思わず尋ねると、オルクスは鼻で笑い飛ばした。
なんだか誤魔化されたような気がするが、干渉はあまり好まれない人なのでこれ以上は聞かないでおこう。
「あとセンチメンタルゴーレムとプロテクトゴーレムの素材もあるのですが、どこに置いておけばいいでしょう?」
「あのゴーレムを倒したのか! あいつらはいい素材になる。家の前に置いておいてくれ」
「わかりました」
素材を出すために家を出ると、亜空間からセンチメンタルゴーレムとプロテクトゴーレムの遺骸を取り出した。
真っ二つになっているとはいえ、全長が四メートル近い大きさを誇る魔物だ。
外に並べるだけで圧迫感がすごい。
「あの頑丈なゴーレムたちを真っ二つか。すっとぼけた顔してとんでもねえ奴だな」
褒めてくれるのは嬉しいが、顔についての言及は不要だったと思う。




