秋の味覚の納品
「クレト様、起きてください」
身体を揺すられ、耳元で囁かれる声で目を覚ました。
視界に映るのはエルザの整った顔立ちだ。
「んん? エルザ?」
「おはようございます。これ以上、眠られると午後になりそうでしたので起こさせていただきました」
俺が上体を起こすなり、エルザはシャーッとカーテンを開けて窓を開ける。
日光の眩しさに目を細めながら外を確認すると、太陽が結構な高さまで昇っていた。
「あ、本当だ」
どうやら朝と呼ぶには少し遅い時間帯になってしまっているらしい。
昨日は一日中動き回って疲れたせいか、ぐっすりと眠ってしまったようだ。
今日はエミリオのところに顔を出す予定だったので、午前中に起こしてくれて助かった。
にしても、メイドに起こしてもらえるって贅沢な暮らしだよな。
それもこんなにも綺麗な女性だなんて。
外から吹き込んできた風がエルザの銀髪をふわりと舞い上げた。
窓辺に佇む彼女の様子は、それだけで一枚の絵画のように綺麗だった。
「どうかされましたか?」
まじまじと視線をやってしまったからか、エルザが振り返って不思議そうにする。
「いや、起してくれてありがとう」
「いえ」
思わず見惚れていたなんて言えるわけもなく、笑顔で誤魔化した。
「お食事はどうされますか?」
「時間も遅いし、朝昼兼用として食べるよ」
「かしこまりました。では、支度が整いましたら降りてきてください」
「わかったよ」
エルザが部屋から出て行くと、いつもの私服に着替える。
貴族であれば、着替えなんかもメイドに手伝わせると聞くが、生粋の庶民である俺はそんなことをさせる勇気は持ち合わせていなかった。
自分にできることは自分でやり、楽できるところは頼む。それがメイドを持つことになった俺なりの屋敷での過ごし方だ。
「おはようございます、クレト様」
寝室を出て廊下を歩くと、ちょうど掃除用具を手にしたアルシェと出会った。
俺が食事している間に寝室の掃除をやってくれるのだろう。
「おはよう、アルシェ。今日もよろしく頼むよ」
「はい! 頑張ります!」
軽く声をかけると、アルシェは元気良く頷いた。
朝から快活な返事を聞くと、こちらまで元気を貰える思いだ。
洗面台で顔を洗い、髪の毛を整えると速やかにダイニングへと移動する。
イスに腰を下ろすと、ワゴンを押してエルザがやってきた。
「猪のステーキです」
目の前に差し出されたのは昨日渡した猪肉を使ったステーキ。お皿には炒めたニンジン、アスパラガス、キノコ、ジャガイモなどが載っている。
そこにサラダや焼き立てのバケットと猪の骨から出汁をとったであろうスープがついている。
おお、朝からステーキか……などと慄いたものの時刻は正午前。朝昼兼用だということを考えれば、これくらいのボリュームは必要なのかもしれない。
「いただきます」
猪のステーキをナイフで切り分けると、早速一口。
ワイルドな猪の濃厚な旨味が口の中に広がる。噛めば噛むほど肉汁が迸った。
「おお、昨日よりも柔らかくて美味しい!」
「じっくりと一晩寝かせましたので」
昨日は少ない時間の中での提供だったが、今朝の食事では十分に手間をかけることができたからというわけか。
まさか昨日よりもさらに美味しくなるなんて思ってもいなかったので驚きだ。
朝からステーキなんて重いと思ったが、タマネギソースがさっぱりとしているお陰で胃もたれすることなく食べ進められる。
きっと、こういうところもエルザなりの配慮なのだろう。
バケットとの相性も良く、猪の骨や肉から出汁をとったスープも非常に優しい味だ。
気が付けばドンドンと口に運んでおり、寝起きとは思えないほどの食欲であっという間に料理を平らげてしまった。
食べ終わったお皿をルルアがワゴンに載せて退出していく。
「それじゃあ、エミリオのところに顔を出してくるよ」
「ご夕食はどうされますか?」
言葉だけ聞いていると、夫婦のようだがあくまで業務連絡だ。
「……エミリオ次第かな」
「今日は遅くなる心づもりでいますね。クレト様が商会に顔を出すのは久し振りですから、きっとたくさんの仕事を振られると思います」
「うっ、本当にそうなる気がする」
建国祭でアルテの依頼をこなしてから、エミリオの商会で仕事は一つもしていなかった。
建国祭が終わったら覚悟しろと言われていたし、しばらくは忙しくなると覚悟を決めておこう。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃいませ」
エルザがぺこりと頭を下げると、俺はダイニングで転移を発動させた。
すると、一瞬にして視界が切り替わり、エミリオ商会にある執務室へとやってきた。
「ちょうど連絡を取りたいと思っていたから、クレトの方から来てくれて助かったよ」
「俺もそろそろ呼ばれるような気がして戻ってきたよ」
「おっ、僕たち気が合うね!」
「そうじゃないと一緒に仕事なんてやってられないからな」
「うーん、そこは気持ち悪がったり、照れたりするのは普通なんだけどなぁ。ストレートに返してくれるとはクレトらしいや」
何故かちょっと困った顔を浮かべるエミリオ。
……お前は普段、どんな奴と商売をしてるんだ? エミリオの商売上の交友関係が思わず心配になった。
「さて、そんな雑談はさておいて仕事の話をしようか」
エミリオはそのように切り出すと、ハウリン野菜の近況なんかを語り出した。
春から夏にかけてのハウリン野菜の数々はどれも人気で、ブランド化に成功しつつあるらしい。
高級レストランだけでなく、王族や貴族の食卓にも広まりを見せているようだ。
そういえば、アルテも食卓に上がってきたとか言っていたな。
王族の食卓に上がるということは、かなりいい食材としての評価を受けているのだろう。
「そういうわけで秋も継続して食材を卸して欲しいんだ」
「わかった。農家の皆と相談して、良い食材を選ぶよ」
「うんうん。できれば、わかりやすい秋の味覚なんかがあると嬉しいな」
「秋の味覚か……キノコなんてどうだ? ちょうど持ってきているんだが……」
「いいね! 見せてくれ!」
現物があることを告げると、エミリオは身を乗り出すような勢いで催促してきた。
亜空間から昨日採取したばかりのキノコが入った木箱を取り出す。
自分やメイドたちのまかないとしていくつか屋敷に置いてきたが、それでもたくさんの種類が詰まっている。
エミリオはおもむろにシイタケを掴み取ると、顔に近付けてスンスンと鼻を鳴らす。
「……うーん、いい香りだ。王都に並んでいるものとは風味が桁違いだ。クレトの魔法で保存しているっていうのもあるんだろうけど、元々質がいいんだろうね」
「エルザも同じことを言っていたよ」
「料理上手な彼女もそう言ったってことは信頼できるね。念のために味も確認してみよう」
エミリオはシイタケを布で拭って汚れを落とし出すので、俺は亜空間から七輪セットを取り出した。
ご飯は食べてきたところであるが、シイタケを焼いて食べるとなると話は別だ。
炭に火をつけて網をセットすると、エミリオがシイタケを並べる。
ハウリン村の森で獲れたキノコはとても肉厚で、ひとつひとつが拳のように大きい。
焼いているとシイタケがほんのりと焼けてきて、実にいい匂いがする。
なんかもうこの段階で醤油が欲しくなってくるが、残念ながら醤油は見つかっていないので我慢するしかない。
火が通るにつれてシイタケの傘が少し縮み、薄っすらと水滴が付着しだした。
「そろそろいけるね」
「ああ」
シイタケはわざわざ裏返す必要はない。ここまでくれば十分に内部に熱が浸透しているので食べごろだ。醤油はないので塩をパラリとかけて、慎重にジクを持ち上げる。
「あちち」
当然、熱したばかりなのでジクも熱いが我慢し、ふーふーと息を吹きかけて齧る。
傘はふっくらとしており、とても柔らかい。
まるで肉のようにジューシーで、シイタケ特有の旨みが口の中で弾けた。
シイタケの旨みエキスがこれまた熱いけど、それでも食べる手を止めることはできない。
塩との相性も抜群で夢中になって食べてしまう。
「あっつ! でも、美味しい!」
「あっふ、あっふ、これはもう最高だね! 早速、レストランに持ち込んでみるよ!」
実際に食べてみたエミリオもハウリン村のキノコには満足のようだ。
レストランの料理人の反応が非常に楽しみだ。
「さて、ハウリン村の食材についてはひと段落したから、次はクレトの仕事だ」
焼きシイタケを食べ終わると、エミリオはハンカチで口を丁寧に拭って切り出した。
「なあ、それってたくさんあるのか?」
「ああ、クレトの魔法があっても一日じゃ終わらないくらいにね!」
おずおずと尋ねると、エミリオは笑顔で書類の束を取り出した。
「お、多いな」
書類に記載されているのは輸出先の情報や、輸出する商品の目録なんかだ。
今まで多くても十枚だったのが、今回のはそれを遥かに越える厚みがあった。
「建国祭で滞っていた依頼や、後回しにした取引先がたくさんあるからね。さて、約束した通り、クレトには頑張ってもらうよ」
実にいい笑顔を浮かべるエミリオとは正反対に俺は顔を引きつらせるのであった。




