秋の訪れ
『異世界ではじめる二拠点生活』コミカライズ2話が公開されました。
窓から差し込む穏やかな日差しで目を覚ました。
ベッドから降り、寝室の窓を開けると涼やかな空気が入ってきた。
窓から見える山々は青々としたものから、黄色みのある色へと移り変わっている。
空気はどことなく乾燥しており、朝の空気はほんの少しだけ肌寒い。
「すっかり秋だなぁ」
あれだけ長く感じていた夏は、気が付けばあっという間に過ぎ去っていた。
一つの季節が去ってしまったのだと思うと感慨深い。
しばらく景色を眺めて寝室の換気を済ませると、私服へと着替える。
一階に降りて洗面台で顔を洗う。
ちょっと水が冷たく感じるが、まだお湯で洗うほどではない。
寝癖をしっかりと取り除くと、台所に移動して朝食の準備だ。
朝は割と手早く済ませる派なので、あまり凝った料理はせずにホットサンドなどで済ませることが多い。しかし、今日もホットサンドというのも面白くない。
「……今日はフレンチトーストにするか」
まずは厚切りの食パンの耳を包丁で落とす。
それから卵を割ってボウルの中でとく。
そこに牛乳、砂糖、生クリームをさらに加えて混ぜると、そこに耳を切り落とした食パンを浸しておく。
卵液が染み込むまでの間、ベビーリーフを皿に盛り付け、スライスしたラディッシュと生ハムのサラダを作る。さらに追加の一品として昨夜の残りのマッシュポテトを亜空間から取り出した。
そうやって他の品々を用意していると、卵液の量が大分減っていた。
どうやら食パンに染み込んでくれたらしい。
温めたフライパンの上にバターを入れて溶かすと、卵液に浸した食パンを投入。
中火で焼いていくと、すぐに玉子とバターの甘い香りがした。
ある程度火が通ったところでひっくり返すと、茶色い焦げ目がついていた。
実に美味しそうだ。
片面が焼けると、蓋をして弱火にして蒸し焼きにする。
こうやって内部にまでしっかり火を入れるのだ。
三分ほど経ってから蓋を開けてみると、こんがりと焼き上がったフレンチトーストが出来上がっていた。
フライパンからお皿に移すと、さらに追いバターだ。
アンゲリカさんから貰ったバターが、トーストの熱でどろりと溶けていく。
この光景を見ているだけで美味しそうだ。
速やかに食卓に移動すると、手を合わせて食べることにする。
まずはメインであるフレンチトーストからだ。
ナイフで食べやすい大きさに切り分けてから、フォークでぱくりと一口。
外はカリッと香ばしく、中はふんわりとしている。
玉子とバター甘味がしっかりと染み込んでいて甘い。
「うん、美味しい」
たったこれだけの材料で簡単に作れるのだからフレンチトーストは偉大だ。
生地もとっても分厚いので食べ応えもある。調理の手間はかけたくないけど、がっつり食べたい朝にオススメだ。
フレンチトーストを食べる合間にサラダも食べる。
リーフレタスの苦味、ラディッシュの微かな甘味と酸味が口の中を爽やかにしてくれる。
そして、それらを纏めるような塩気の効いた生ハムが心地いい。
素朴なマッシュポテトも塩胡椒が効いており、とても美味しい。
口の中がリセットされたところで、またフレンチトーストを食べる。
ぐるぐるとそれらを循環させるように食べていると、あっという間に朝食を平らげてしまった。満足感からホッと息を吐いた。
そのまま満腹感に浸りたいところだが、そうすると次の行動が億劫になるので手早く動く。
空いた皿を片付けて、まとめて流しで洗ってしまう。
皿を洗い終えると、パンの耳が残っていることに気付いた。
このまま亜空間に収納したら肥やしになって忘れてしまう気がする。
「パンの耳も焼いちゃうか……」
ちょうどフライパンにはバターやら卵液が残っているので、そのまま投入して焼き上げることにした。
パンの耳が焼き上がるのを待っていると、窓がコンコンとノックされた。
視線を向けると、窓の外にニーナが立っていた。
「おはよう、クレト!」
「おはよう、ニーナ」
がらりと窓を開けてあげると、ニーナの元気のいい挨拶が飛んできた。
ニーナの快活な挨拶を聞くと、こちらも元気を分けてもらえるようだ。
俺も返事をすると、ニーナの後ろからひょっこりとステラが顔を出した。
「おはようございます、クレトさん」
「ステラさんもおはようございます」
ニーナだけではないことに少しだけ驚きながらこちらも挨拶。
ニーナだけが遊びにきたり、顔を出したりすることはよくあるが、二人一緒にというのは珍しい。
「なんか甘い匂いがする!」
用件を尋ねようとしたところで、ニーナが鼻をスンスンと鳴らして言った。
「申し訳ありません、もしかして朝食の途中でしたか?」
「いいえ、朝食は食べ終わって、ちょっとしたお菓子を作っていたところですよ」
申し訳なさそうにするステラの言葉に首を振って、俺は慌てて台所に戻る。
フライパンを軽く振ってみると、パンの耳はすっかりと焼き上がっていたので火を止めた。
軽く砂糖をまぶすと、布で包んでしまう。
「パンの耳を焼いたものです。良かったらどうぞ」
焼き立てのものを差し出すと、ニーナは無邪気な笑みを浮かべて口に入れた。
「カリカリですごく甘い!」
目を輝かせながら感想を漏らすニーナ。
小さな口を動かしてポリポリと食べ進める姿は、リスを彷彿とさせて可愛らしい。
ステラもおずおずと一本受け取って口にする。
「美味しいです。ただ焼いて砂糖をまぶしただけではありませんね?」
「玉子に牛乳や砂糖、生クリームなどを混ぜた卵液に浸して焼いていますよ。食パンを浸して焼くと、もっと美味しいです」
「王都ではそのような食べ方があるんですね。今度、家でもやってみます」
「やった! 楽しみ!」
フレンチトーストを作ろうと意気込むステラと、それを喜ぶニーナ。
前世由来の知識ではあるが、王都の喫茶店でもフレンチトーストは提供されていたので、王都由来でも間違いではない。その方が理解も早いしね。
もう一本手を伸ばして頬を緩めるニーナとステラ。
すっかり気に入ってくれたのは嬉しいのだが、何か用があったのではないだろうか?
「ところで今日は何かご用がありましたか?」
思わず尋ねると、ステラがはっと我に返った。
「あっ、そうでした。クレトさんをキノコの採取にお誘いにきました」
「なるほど」
「この季節は、森や山にキノコがたくさんあって美味しいんだよ!」
秋のキノコ狩りということか。
キノコといえば、秋の味覚の代表格とされる食材の一種だ。
秋が旬なのは、異世界でも同じらしい。
「突然のお誘いなので予定があれば、断ってもらって大丈夫ですよ?」
「いえ、今日は仕事もないので大丈夫ですよ。俺でよければ、同行させてください」
「やった! クレトも一緒だ!」
同行を申し出ると、ニーナが嬉しそうな声を上げて跳ねた。
後ろで束ねられた金色の髪が元気良く揺れる。
「ただ俺は、キノコについてあまり詳しくありませんが……」
「大丈夫! 私が教えてあげるから!」
素直に知識がないことを伝えると、ニーナがポンと胸を叩いて自信満々で言った。
「おっ、それじゃあ頼りにしちゃおうかな?」
「任せて!」
どうやらキノコの知識については自信があるらしい。
それじゃあ、秋のキノコ狩りと行きますか。
手早くフライパンを片付けると、俺はニーナとステラと一緒に近くの森に向かった。




