墓碑
カルツ平原から西空へ転移をし続けることしばらく。アルテが地図で指し示した場所らしきところにたどり着いた。
上空からは広大な敷地が広がっており、綺麗な芝や小川、花畑などが広がっている。
その美しさはまるで整理された庭園のようだ。
恐らく、あそこがアルテの行きたかった目的地に違いないだろう。
とはいえ一度本人に確かめないことにはどうすることもできない。
ひとまず、地上へと着地した俺は腕の中でぐったりと眠っているアルテの身体を揺すりながら声をかける。
「アルテ、目的地に着いたぞ」
「あ、あれ? わらわは一体――はっ!?」
目を覚ましたアルテはすぐに俺の身体に強くしがみついてきた。
空にいた時の記憶を思い出した反射的に掴んだのだろう。
「大丈夫だ。もう地面だから」
「そ、そうか」
落ち着かせるように優しい声音で言うと、アルテはホッとしたように息を吐いた。
彼女が落ち着いたのを見計らって地面に下ろすと、きっちりと自分の足で立ってくれた。
「とんでもない目に遭ったのじゃ……」
「荒っぽくてごめんな。でも、あれが一番速かったんだ」
「馬車で四日はかかる距離をこの短時間で移動してみせたのじゃ。そこまで文句は言わん。わらわの覚悟が足りなかっただけじゃ、気にするでない」
太陽の角度を見ながら時間を推し量るアルテ。ハウリン村を出発して一時間も経過していないだろう。転移での移動のお陰でかなり時間に余裕はあるはずだ。
とはいえ、パレードの準備を考えると早いに越したことはない。
「そう言ってくれると助かる」
さすがは王族、懐が大きくて助かる。
「目的の場所はここで合っているか?」
「ああ、ここがわらわの行きたかった場所じゃ」
ここは王族が管理している土地であり、歴代の王族たちが眠る墓地でもあった。
「アルテが行けば正面から入ることができるか?」
敷地の周りを囲うように黒い柵が建っており、入り口の門には見張り番らしき者がいる。
恐らく、この土地を管理している者たちだろう。
「できるとは思うが無用な騒ぎは起こしたくはない。クレトの魔法で敷地内に入れてくれるか?」
「それは構わないけど、そんな場所に俺が入ってもいいのか?」
「構わぬ」
王族の眠る墓地って結構な神聖な場所な気がするが、アルテがそう言って望むのであれば俺も腹をくくろう。
「じゃあ、中に入るぞ」
「うむ」
既に上空から敷地内の様子は目視しており、イメージもバッチリだ。
アルテがしっかりと頷くのを確認し、俺は敷地の内部へと複数転移を発動した。
視界がぐにゃり曲がり、俺たちの景色が一瞬にして花畑へと変わる。
アルテの頼みで無事に王族の眠る墓地へと潜入することができたようだ。
さすがに頑強な柵で囲い、入り口を警備で固めようとも空間魔法の前では無力だ。
「クレトがいれば、どんな場所でも侵入し放題じゃのぉ」
「命じた奴がなに言ってんだよ。大体、普段はそんな悪いことはしないからな?」
アルテが人聞きの悪いことを言うので、しっかりと弁明はしておく。
俺が普段から空間魔法を悪用しているとは思われたくないからな。
「くくく、わかってる。クレトはそんなことはしない人間じゃとな」
「ならいいんだ」
クスクスと笑いながら、アルテは花畑にある道を進んで行く。
俺もその後ろをゆっくりと付いていくことにした。
墓地とは思えないくらいに綺麗な場所だ。青々とした草原が広がり、多種多様な花が咲き乱れている。
風が吹くと緑と入り混じった爽やかな花の香りがし、時折千切れた花弁が宙を踊った。
広大の敷地の中を進むのは俺とアルテだけ。
遠くから鳥のさえずりが聞こえ、足音がやけに大きく響いているように感じた。
「なあ、どうしてここに来たかったのか聞いてもいいか?」
事情だけにあまり聞かないようにしていたが、どうしても気になった。
どうして建国祭前になって王都を離れたがっていたのか。
どうして建国祭当日になってここにやってきたかったのか。
王族が市民の前に姿を見せるパレードは、政治的な意味合いもあって非常に大事な催しのはずだ。王族である責務を放棄するようなことをアルテが好む人間ではないことは、この六日間でわかってい
る。
だからこそ、今日ここに来たいと願ったアルテの想いが気になった。
尋ねると、アルテは胸中の想いを吐き出すようにポツリと語ってくれた。
「……今日は亡くなった母上の命日。しかし、王女であるわらわは建国祭が近づくと、安全面を考慮して一切外に出ることが叶わなくなる。パレードが始まるその時までずっとじゃ」
建国祭ともなれば、王都の外からもたくさんの人々がやってくる。
当然、そこには純粋に祭りを楽しむ一般人だけでなく、良からぬことを考える輩が紛れ込んでもおかしくはない。
なにせ外からやってくる人は何万という数だ。騎士が目を光らせるにも限界というものはある。
第一王女の安全性を一番に考えれば、パレードの時以外は王城に籠っているのが一番だろう。
「王族であるが故に肉親の命日に手を合わせてやることも叶わない。王族のそんな堅苦しい責務がわらわは嫌でしょうがなかったのじゃ。そんな時に護衛の騎士から聞いたのがハーピーの討伐事件じゃ」
「……もしかして、そこで俺のことを?」
「その通りじゃ。転送屋の力については信じられぬ故に眉唾物かと疑っていたが、母上の命日に墓参りに行くにはこれしかないと思ったのじゃ」
建国祭を前にして王族から冒険者ギルドに依頼されたハーピーの討伐依頼。
まさか、俺の噂がそんなところまで上がっているとは思わなかった。
思わぬ巡りあわせで俺たちは出会ったものだ。
「なるほど。やってくるのが今日だったのは、そういう理由だったのか」
王都に留まっていれば騎士団や役人からアルテの捜索がかかり、連れ戻されてしまう。
それを避けるために王都から離れたがっていたのか。
これまでのアルテの一連の行動にようやく納得した。
そんな風に会話しながら歩くことしばらく。
花畑を抜けた先は綺麗な芝の生えた平地になっており、その中心部には白亜の聖堂のような建物が建っていた。
恐らくここにアルテの母親の墓碑があるのだろう。
「墓碑の前まで付いてきてくれぬか? せっかくの墓参りにわらわが一人というのも寂しい。それに母上は寂しがり屋じゃったからな」
「……アルテがそこまで言うなら」
中に入るのは気が引けたが、アルテが望むのなら付き合うことにした。
ただし、墓碑の近くまでだけだ。そこから先は家族水入らずの方がいい。
アルテにその旨を伝えると、俺たちは内部に入っていく。
内部に入ると地面は綺麗に磨き抜かれた黒の大理石。あまりにも艶やかな地面は足を進める俺とアルテの姿を映し出す鏡のよう。
一切の物音がせずにシーンとしており、ここだけ時間が止まっているかのよう。
回廊には歴代の王族の肖像画や彫像などが飾られており、静謐な空気が漂っていた。
見上げると天井はアーチになっており、建国時の様子を描いた絵画などが設置され、金箔らしき輝きも見える。
太陽の光によって描き出された陰影はとても見事で、この建物自体が見事な芸術品のようだ。
時の経過によってところどころ金箔が剥げているところもあるが、それもまた味わい深く見ている飽きることはない。
どこまでも続くのかと思うほどの長い回廊を進んでいくと、開けた場所に出てきた。
そこにはいくつもの装飾をされた柱が囲うように設置されており、真ん中には純白の石でできた墓碑らしきものが見えた。
あれがアルテの母親の墓碑だろう。
俺が足を止めると、アルテが振り返る。
「では、行ってくる。少しの間だけ待っていてくれ」
「王都まで帰るのは一瞬だ。パレードに遅れない範囲でゆっくりと話すといいさ」
俺がそう言うと、アルテはゆっくりとした足取りで墓碑へと近づいた。
アルテは墓碑の前にたどり着くと、ぽつりぽつりと何かを話し出した。
命日のやってこられたのが本当に嬉しかったのだろう。母親の墓碑と語り掛けるアルテの横顔はとても嬉しそうな笑顔だった。




