海鮮バーベキュー
『異世界ではじめる二拠点生活』お陰様で2巻が発売します。発売時期などが決まりましたら、改めて報告いたします。
クリムゾンエビなどの他にも食材を買い込んだ俺とアルテは、市場の外にある焼き場へと移動した。
開けた場所には大きな屋根のかかっており、そこには多くのテーブルや長イスが並んでいる。風通しの良さを意識して壁は設置されていないので、とても解放感のある作りだ。
テーブルの中央には網が敷かれており、そこにある炭を使用することで好きに食材を焼くことができるらしい。
昼食時ということもあってか焼き場では多くの人々がおり、各々が買い込んだ海鮮食材を焼いていた。あちこちで食材が焼けるいい匂いがしており、暴力的だ。
従業員に空いている席へと案内してもらった俺たちは、端にあるテーブルへと座る。
「おお、ちょうど海が見えて景色がいいな」
「うむ、悪くない眺めじゃ!」
俺たちの席はちょうど焼き場の端っこで、海がしっかりと見える場所だった。
海を見ながら海鮮バーベキューとは実に素晴らしい。ここに座れるなんて運がいいな。
従業員が炭に火をつけてくれると、後は買ったものを好きに焼くだけだ。
「よし、早速焼いていくぞ」
「うむ!」
買ってきた食材はクリムゾンエビ四匹の他にホタテ二個、ハマグリ四個。そして、クラーケンの脚や切り身だ。
置かれているカトラリーボックスからナイフを取り出して、ホタテを開いておく。ついでに貝柱も切断して焼きやすいように。
それが終わるとトングを取り出し、食材を温まった網の上に乗せていった。
網の上にいっぱいに海鮮食材が並んでいる。この光景だけで幸せになれるな。
「ホタテの上にはバターと魚醤だ」
「おおおおおお! これまたいい匂いじゃ!」
バターを置いてその上から魚醤をかけるとジュウウウと音が鳴り、溶けて混ざり合う。
ホタテの本来が持つ潮の香りとそれらが組み合わされることで暴力的な香りが広がった。
アルテと一緒にジーッと食材が焼けるのを待つ。
すぐ横には綺麗な海が広がっているので、そちらを眺めて時間を潰すこともできるが、今はどうしてもこちらへと視線が向かってしまうな。
早く焼き上がらないだろうか。お腹が空いて仕方がない。
「見ろクレト! 真っ黒だったクリムゾンエビが本当に紅に染まっておるぞ!」
最初に変化を見せたのはクリムゾンエビだ。
本当に赤くなるのか? と心配してしまうほど真っ黒なエビだったが、熱を加えられることによって紅へと染まっていく。
真っ黒な甲殻が徐々に赤みを帯びて、紅へと染まっていく光景は見ていてとても楽しい。
「綺麗な色になるな」
片面がしっかりと紅に染まったところをトングでひっくり返しておく。
それと共に軽く塩をかけておいて味付けだ。
そうやって食材に火を通していくと、最初に焼き上がったのはホタテだ。
「よし、ホタテが焼けたぞ」
「うむ、いただくのじゃ」
アルテの取り皿に載せてやってから自分の取り皿にも乗せる。
目の前ではプリッとした大振りのホタテがとろりと濃厚な旨みを吐き出している。ホタテの出汁にバターと魚醤が混ざり合い、濃厚な魚介の匂いがしていた。
熱々の貝に触れないようにフォークで押さえながら、ナイフで食べやすい大きさに切り分ける。
チラッとアルテを見てみると、とても様になるようなナイフ捌きをしている。
俺のようななんちゃって作法とは違って洗練された動きだ。やっぱり、食事作法を教え込まれるくらいにいい生まれなのだろう。
「なんじゃ?」
俺がジーッと見ていることに気付いたのか、アルテが不思議そうに首を傾げる。
「……貝殻に残っている汁を零すなよ? そこが美味しいんだから」
「わかっておる。そのような愚は犯さぬ」
適当に考えていたことを誤魔化すと、アルテは真剣な顔つきで切り分ける作業に戻った。
俺もナイフを使って食べやすい大きさに切る。
切り分けたホタテには白い湯気が出ているので、息を吹きかけて少し冷ましてから口に入れた。
「美味しい!」
「美味いのじゃ!」
ほぼ同時に上がる感想。
みっしりとした独特の食感。噛みしめると内部からホタテの旨み汁が迸り、溶けたバターと魚醤との相性が素晴らしい。
ただでさえ、美味しい食材にバターと魚醤が加わって美味しくないはずがなかった。
海で遊び、大量のエネルギーを消費していたのであっという間に食べ終わってしまう。
そして、食べ終わって最後に残っているのはバターと魚醤が溶け合った汁だ。
「最後にこれを飲む」
「この汁をか!? さすがにそれははしたなくないかの!?」
俺がそのように言うと、アルテが戸惑う。
恐らく、アルテはいいところの生まれなのでお行儀の食事しかしてこなかったのだろう。
「はしたない? アルテ、お前は冒険者だろ? 冒険者がそんなことを気にしているのか?」
「う、うむ! その通り、わらわは冒険者じゃ! これくらい恐れるに足らず!」
そんな風に挑発をするとアルテは思い出したように頷いてホタテの貝殻を手にした。
とはいえ、育ちのいいアルテはそれをやることに躊躇いがあるのか、本当にやるべきか悩んでいる様子。
そんな彼女の目の前で俺はホタテの貝殻に残った汁を一気に飲んだ。
「くううう、やっぱり美味え!」
ホタテの旨みが溶けだし、そこにバターと魚醤が混ざり合っただけの汁。
明らかにハイカロリーであるが、そんな罪悪感など消し飛んでしまうくらいの美味しさがあった。
そんな俺の様子を見て、アルテはようやく決心がついたのか貝殻に口をつけて汁をすすった。
「美味いのじゃ!」
「だろう? ホタテを食べておきながらこれをしないなんて損だからな!」
「うむ、クレトの言う通りじゃ!」
先程の戸惑いは何だったのかと思うような顔の輝き。
育ちのいい子に悪い大人の食べ方を教えるのはとても楽しいな。
ホタテを食べ終わる頃には、ハマグリもぱっくりと貝を開いた。
きちんと火が通ってすっかり食べごろだ。こちらは敢えて魚醤をかけずにそのまま食べることにする。
「うん、こっちも身がプリプリだ」
「そのまま食べても美味しいのじゃ!」
王都に運ばれてくるものとは大きさも新鮮さも桁違いだ。
前世で食べていたものよりも二回り以上も大きい。育ってきた環境の違いなのだろうか。
とてもぷりぷりとしていて美味しさが半端ない。
「クリムゾンエビもいい具合に焼けてるな」
ホタテとハマグリを完食した頃には、ちょうどクリムゾンエビが焼き上がっていた。
すっかりと黒い甲殻は消え失せて、全身が紅に染まっている。
俺たちが知っている通常のエビなんかよりも、よっぽど鮮やかだ。
「とはいえ、これは熱そうじゃ」
「少し冷ましておこう」
熱々の甲殻を手で剥いていくのは辛いので、それぞれの取り皿に置いて少し冷ましておくことにした。
「その間に俺はクラーケンでも食べようかな」
「おお、本当に食うんじゃな」
アルテがちょっと引いた表情をしているが気にせず、焼き上がったクラーケンを取り皿に。
クラーケンの脚の表示は赤茶色をしており、真っ白な切り身には網目がついており香ばしい磯の香りを漂わせている。
ただ大きさは通常のイカの何倍もあるので迫力がすごい。
前世にはダイオウイカという巨大なイカが生息していたが、それは塩辛く、アンモニア臭などのえぐみが酷いせいでとても食べられたものではないらしい。
こちらのクラーケンはどうなのだろう? とはいえ、市場にはたくさんの人が買い付けにきていた。きっとダイオウイカのように美味しくないはずはない。
そう心を震わせながら焼き上がったクラーケンの脚を口へ。
「あっ、想像以上に柔らかくて美味い……っ!」
自分の知っているイカよりも遥かに和らかい。それなのにイカ独特の弾力や旨みはしっかりとある。
今までイカを食べたことは何度もあるが、その中で一番の美味しさだ。
懸念していた塩辛さやえぐみなんてものは無縁でとても美味しい。
正直、こんなにも食べやすい味をしているとは思わなかった。
噛めば噛むほどクラーケンの旨みが染み出してくる。まるで、するめでも食べているかのような旨みの持久力だ。
「……そ、そんなに美味いのか?」
一人でクラーケンを堪能していると、アルテがおずおずと尋ねてくる。
その表情見ると、明らかにクラーケンに惹かれているのがわかった。
「ああ、似たような生き物を食べたことがあるが、それと比べても一番美味い! せっかくの機会だからアルテも少し食べてみるか? ほらこれも冒険だ」
「うむ。冒険者たるもの冒険することは大事じゃからな。クレトがそこまで勧めるのであれば食べてやろう」
アルテが食べやすいようにわかりやすい殺し文句と理由をつけてやると、彼女はすぐに乗ってきた。相変わらずアルテがちょろい。
アルテがすっかりと食べる気になったようなのでクラーケンの切り身を一つ渡してやる。
生々しさのある脚ではなく、胴体の切り身なのでこれなら食べやすいだろう。
彼女は切り身を小さく切り分けると、意を決した表情で切り身を口にする。
「ふおお! こ、これは何とも不思議な食感! 食べたことのない味じゃが、確かにこれは美味いな!」
初めてのクラーケンの食感と味に驚いていたようだが、問題なく食べられるようだ。
「脚も食べてみるか? こっちも違った食感がするぞ?」
「うむ、そちらも貰おう」
試しに脚も進めてみると、アルテは戸惑うことなく受け入れた。
「こちらも先ほどとは違った弾力と味わいじゃ。見た目はアレじゃが、味の方は中々に悪くないの」
もぐもぐと脚を食べて幸せそうな表情をしている。
胴体だけでなく脚まで食べられるということは相当気に入ったんだろうな。
俺もクラーケンはとても気に入った。
少し多めに買って、亜空間で保存してあるのでこれからも食べることができる。
ハウリン村の家にある七輪で焼いてもいいし、干物にしてもいいしな。
マヨネーズを作って食べるのも悪くないし、揚げ物や天ぷらなんかにしてもいい。
クラーケン料理の幅が広がるな。
「そろそろクリムゾンエビも食べるか」
「少々綺麗過ぎて剥くのが勿体なく感じるが、食べぬ方が失礼じゃ」
アルテの言う通り、それぐらい美しいが食べないという選択肢はない。
取り皿にあるクリムゾンエビの殻を手で剥いていく。まだ完全に冷め切っていないからかまだ少し熱いが、身まで冷えてしまっては勿体ないので気合いで剥いていく。
紅の殻を剥くと、中からぷりっとした綺麗な身が出てきた。
白と紅の模様がとても綺麗だ。
焼き上げる際に塩を少しかけているので、尻尾を持ってそのまま美味しくいただく。
旨みのエキスが弾けた。
しっかりと火が通った身はとても柔らかく、噛むとほろりと身を崩す。
クリムゾンエビの濃厚な旨みと炭火の香ばしさがとてもいい。少量の塩がさらにクリムゾンエビの旨さを引き立てている。
「これも美味いのお!」
「身が大きいから食べ応えがある!」
残念なものでは大きさの割にとても身が小さいものも多いが、このクリムゾンエビは違っていて身がぎっしりだ。
エビの本体を食べ終わると、今度は頭にあるミソをすする。
少し行儀が悪いが、濃厚なミソの旨みと苦みが組み合わさっており、こちらも堪らない。
すると、アルテもおそるおそる真似をして表情を緩めていた。
この旅が終わった後も家でやらないように釘を刺しておかないといけないかもな。
でも、今は俺たちしかいない自由な旅だから気にしないでおこう。




