冒険者アルテの依頼
『転生大聖女の目覚め』書籍1巻は6月2日発売です。
そして、コミカライズも水曜日のシリウスにて同日スタート。
以前俺の家を改築してもらった村の大工に頼むと、三日でレフィーリアの満足する大きな窓へとリフォームされた。
王都に向かうと引っ越しの準備を終えていたレフィーリアの家具や生活道具を亜空間に収納し、ハウリン村の新居に転移。
亜空間に収納した家具などを設置しておくと、あっという間にレフィーリアの引っ越しは完了となった。
家探し、配送、引っ越し作業まで楽々に済ませられるクレト引っ越し屋の奮闘の賜物だろう。そう自画自賛してしまうほどのスピード感だ。
「クレトさんのお陰で夢の一つが叶いました。本当にありがとうございます」
「いえいえ、満足のいく家が見つかってよかったです。何か困ったことがあれば、いつでも声をかけて――って、俺はいない時が多いですね。近所にアンドレさんも住んでいますので、彼や奥さんであるステラさんが助けてくれると思います」
「わかりました。困った時はそうさせていただきます」
「では、俺はエミリオに報告してきますので」
「はい、本当にお世話になりました」
ぺこりと深く頭を下げるレフィーリアを見て、俺は商会の執務室に転移した。
「レフィーリアの引っ越しは終わったかい?」
いつも通り、書類を確認しながらエミリオが聞いてくる。
今日引っ越しすることは伝えてあったからな。
「ああ、終わったよ。これからハウリン村での新しい生活をスタートさせると思う」
「なにからなにまで世話をしてもらってすまないね」
「別にいいさ。お礼は十分に貰っているし、新しい村人が増えるのは俺も嬉しいからな」
レフィーリアにはとてもいい絵を描いてもらったし、先輩として力になれるのは素直に嬉しい。
「ここのところはあんまり商会の仕事をしていなかったが、そっちは大丈夫か?」
ハウリン村の作物の輸送こそやっているが、最近は商会の取引きなんかをほとんどやっていない。そろそろ仕事が溜まっていると思うのだが。
「やってもらいたい案件はいくつかあるんだけど、六日後には建国祭だからね」
「建国祭では何かやるのか?」
「やってくる大勢の客に備えて商会の準備をしないといけないし、高級料理店と組んでハウリン野菜を使った屋台の出店なんかもやる予定さ」
「おー、早速と色々仕掛けているんだな」
前者はともかく後者については知らなかった。ただ高級料理店に卸すだけでなく、色々と仕掛けてくれているようだ。
「そういうわけで建国祭期間中は、他の取引きに手をつけることができないのさ。だからクレトは休んでくれていいよ」
「……俺だけいいのか?」
できるだけ縛り付けない契約とはいえ、皆が忙しい時期に休むのは少しだけ気が引ける。
こんなことを思ってしまうのは前世で社畜として働いていた弊害なのだろうか。
転移を使った大きな商売はやらないが、出店を手伝うくらいはできるが……
「その代わり、建国祭が終わったらあちこち駆け回ってもらう予定さ。それでもクレトがどうしても仕事を手伝いたいと言うのであれば、僕は喜んで歓迎するよ」
「謹んで休ませてもらうよ」
などと甘っちょろいことを思っていたが止めた。
建国祭が終わったら馬車馬のように働かされることが決定しているからである。
大事なのはわが身だ。他人の心配をしている暇じゃない。
のんびりできる内にきちんと休んでおかないといけないな。
「そうかい。せっかくの建国祭だ。存分に楽しむといいよ」
「そうさせてもらうよ」
苦笑しながらのエミリオの言葉に返事して退出した。
●
エミリオに報告を終えて商会を出た俺は、のんびりと王都を歩く。
建国祭が六日後に迫っているからか、王都の街並みはいつもよりも華やかだ。
レストランなどの飲食店は外にまでイスやテーブルを設置し、建国祭だけの特別メニューなんかの告知をチラシや看板に描いている。
当日に備えて既に早いりしている者もいるのか、人通りはいつもよりも明らかに多い。
王都の様子は明らかにいつもと違っていた。
「本当に建国祭が近づいているんだなぁ」
ここ最近はレフィーリアの引っ越し作業で、王都を歩くことがなかったから実感がとても薄かった。
しかし、こうして街を歩いて見れば、祭りの前の賑やかさを確かに感じ取ることができる。
空間魔法が便利だからといって、使い過ぎだっただろうか。
もう少し自分の足で歩いて、きちんとした時の流れを気にするべきだろう。
仮にも商売人でもあるわけだし、人や商品の流れには敏感でいないとな。
そう思って街の様子をきちんと確かめるためにのんびりと足を進める。
「当日はここにも屋台が並ぶのか……」
今歩いている通りは住宅街が多く、普段は屋台が並ぶことはない。
しかし、祭りの当時にはここでも出店することにもなっているのか、仮の屋台のようなものが整然と並んでいた。
こういった屋台に出店するためにもエミリオは忙しく手続きをし、契約している高級料理店とも綿密な打ち合わせをしていたのだろうな。
それにしても祭りを前にした独特の賑やかさというのもいいものだ。
学生の文化祭を彷彿とさせるようなワクワクとした空気感を感じられる。
今年は他の用事で忙しかったけど、来年辺りは商会の準備を手伝ってみてもいいかもな。
などとぼんやりと考えていると、服の裾をくいくいと引っ張られる感触がした。
思わず振り返ってみると、そこには外套を羽織り、フードを被った少女がいた。
第一に感じた印象は小さいの一言だ。ニーナと同じくらいか、それよりも少し大きいという程度の身長しかない。もしかして、迷子だろうか?
「どうしたんだい? 道に迷ったのかな?」
「誰が迷子じゃ。わらわは今年で十六歳じゃぞ? 立派な大人じゃ!」
目線を合わせて優しく声をかけると、少女の口からそんな言葉が出てきた。
フードの隙間から藤色の髪が見えており、エメラルドのような綺麗な翡翠色の瞳が見えた。
やや幼さの残る顔立ちをしているが人形のように綺麗な少女だ。
この世界では十五歳が成人年齢とされている。それに則ると十六歳であるこの子は立派な成人女性であると言える。
でも、やっぱり子供にしか見えないな。
ニーナと同じくらいか、良くてそれよりも少し上に見えるといったところだ。
「……お前、その目は信じておらんな!?」
「いや、信じてる。信じてるから怒らないでくれ」
とりあえず、子供扱いすると怒るというのはわかったので、とりあえず信じることにする。
小さな子供に詰め寄られている大人という光景は、何かと他人の目を集めていて恥ずかしい。
「ふむ、まあいい。わらわは器の大きい女だからな。そのような無礼な態度にも目を瞑ってやろう」
素直に謝ると、ひとまず機嫌を直したのか頷く。
妙に偉そうで個性的な口調だ。大人であれば憎たらしく思えるかもしれないが、小さな子供がそう言っていると微笑ましさしかない。
「まずは自己紹介をしておこう。わらわは冒険者アルテじゃ」
「同じくクレトだ」
冒険者らしいが実際にギルドでは見たことのない顔だ。とはいっても、俺も頻繁にギルドに顔を出しているわけでもないので当てにはならないか。
普段なら初対面の相手には敬語なのだが、子供と思って接していたために今さら変えるのも変なのでこのままにしておこう。
「アルテは俺に何の用なんだ?」
「その前に尋ねたい。お前が最近ギルドで有名な転送屋とやらで合っているか?」
「ああ、そうだよ」
「だったら頼みたい。わらわを望む場所に転送してほしい」
突然の頼みごとに俺は少し驚く。
どうやら彼女は俺の噂を知ってやってきたらしい。
「それはギルドで依頼を受けて、依頼場所まで転送をしてほしいということか?」
「いいや、違う。これはわらわの個人的な頼みじゃ」
俺の問いかけにきっぱりと答えるアルテ。
「ただ連れていくだけでいいのか?」
「いや、建国祭が始まるまで色々なところに連れて行ってもらい、案内もしてもらいたい」
となると、完全なる旅行ガイドのようなものか。しかも、六日間も。
それに建国祭までというのが少し引っ掛かる。まるで、それまでは王都から離れていたいといったような意図が見えた。
「うーん、そういう頼みは引き受けてないんだが……」
転移で連れていくだけならまだしも、ずっと付き添って案内なんてことはしていない。
レフィーリアの件はエミリオの友人だったので例外だが、基本的にそういったことはしていない。
すべての頼みを引き受けていてはキリがないからな。
「お願いじゃ! 報酬は相場よりも多く払うぞ!」
そう言ってローブの下にあるバッグから何かを取り出すアルテ。
そこには青紫色をした宝石が握られていた。
目の覚めるようなブルーやバイオレットの輝きは、まさしくオーロラのよう。
その美しさに偽物という考えは俺の中で瞬時に霧散した。
宝石はあまり詳しい方ではないが、タンザナイトに酷似している。
こちらの世界でもかなり希少な宝石であり、希少価値の高いものだ。
さらに大きさが少女の手の平に収まりきらないくらいときた。見事なカッティングもされているし、目玉の飛び出るような値段がすることは想像がつく。
「ちょ、ちょっと!」
「む? この宝石は気に入らぬか? 一応、他にもウルトラマリンやヒヒイロカネ、ゴルドニウムとかいうのもあるが――もしや、貨幣がいいのか? 貨幣は白金貨数十枚程度しかないのじゃが……」
そう言ってバッグの中から次々と希少宝石や鉱石と取り出し、果てには白金貨まで見せびらかすアルテ。
「お金ならあるのはわかったから一旦、それを仕舞おうか!」
「お、おお?」
やんわりと手を取ってバッグに仕舞わせる。
こんな往来で取り出すと、よからぬ考えを持つ者が現れるかもしれない。
一体、何を考えているんだ。
「どうじゃ? これでも足りぬというのであれば、後日追加で払わせてもらうぞ?」
これで足りないかもって思うなんて相当金銭感覚がずれている。
さっきの宝石一つだけで王都で屋敷が五個は買えると思う。たった一つでそれだ。
全部の宝石を貰おうならば、小さな国の国家予算に匹敵するだろう。
六日間付きっ切りという面倒くささを考えても明らかに破格な依頼だ。
どうするべきか。ただの冒険者がこんな大金を持っているはずがない。大商会の娘か、どこか大貴族の娘なのか……なんとなく訳アリの気がする。
「……そこまでして外を見たいのか?」
「見たい。それに今年こそは行きたい場所があるんじゃ」
俺の問いかけに真剣な表情で答えるアルテ。
ただの観光といった道楽目的だけではなさそうだ。
その心にある願いは、この世界にやってくる前だった閉塞した状態の自分に似ているような気がした。
前世の鬱屈した世界が嫌で、遠いとこに行きたいと無心に願っていたっけ……
「わかった。引き受けるよ」
「本当か!? それは助かる!」
アルテの頼みはあまり引き受けるべきではない気がするけど、この子を放置しておくととんでもないことになりそうな気がする。
世間知らずっぽいので悪い人間に騙されるかもしれないし、誘拐されることだってあり得る。そうなっていたらすごく寝覚めが悪いからな。
「ちなみに報酬は最初に見せてくれた宝石一つで十分だよ」
「そうなのか? 全部貰うことができたというのに正直者じゃの?」
「俺みたいな小心者には、それぐらいで十分さ」
ただでさえ、お金を持て余し気味なんだ。年下から巻き上げてまで稼ごうとするような趣味はない。
「それでアルテはどこに行きたいんだ?」
「どこにでも連れていってくれるのか?」
「どこでもは無理だが、俺の行ったことのある場所になら行ける」
「じゃあ、海が見たい! 海のある街に連れていってくれ!」
この国は海から比較的近い方ではあるが、海が見えるわけではない。
この辺りに住んでいるアルテは海を見たことがないのだろう。
「わかった。港町ペドリックでいいか?」
「いいぞ!」
アルテが頷くのを見て、俺たちは人通りの少ない路地に入る。
「それじゃあ、俺の魔法で転移する。少し浮遊感があるから気を付けてくれ」
アルテにきっちりと注意をした上で、俺は空間魔法を発動させる。
六日間の転移旅行の始まりだ。




