ギルドで打ち上げ
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ハーピーの討伐を終えた俺たちは、その日の夕方になる前に冒険者ギルドへ戻ってくることができた。
多少なりとも戦闘で怪我を負った者もいたようではあるが、アルナをはじめとする回復職に治療され、結果として怪我人はなしだ。
「ありがとうございます。クレトさんのお陰で速やかにハーピーの駆除ができました。たった半日で終わるなんて快挙ですよ」
ギルドに戻ってくると職員であるクーシャに礼を言われた。
片道で五日はかかる距離だ。行き交えりだけで十日もかかるはずなのに、半日で終わらせることができたのは間違いなく俺の魔法のお陰だろう。
というか、転移がないと不可能だ。その間に起こっていたであろう被害を防げたと思うと誇らしく思える。
「いえいえ、クーシャさんも板挟みで大変だしたね。本当にお疲れ様です」
ギルドはあくまで仲介やサポートをする組織であって、冒険者への強制権はない。
王国に傘下にある組織とはいえ、しがらみというものはあるわけで。
忠誠心の欠片もない冒険者に依頼を受けてもらえるようにするのは大変だっただろう。
報酬金の増額や査定の件から伺うと、相当な頑張りがあったに違いない。
同じく組織に勤めていた経験があったので俺にはクーシャの苦労が痛いほどにわかった。
「うう、お優しい言葉をありがとうございます」
俺が労いの言葉をかけると、クーシャが感極まったような顔をした。
うん、やっぱり大変だったんだろうな。
「よっしゃ! 今日は呑むぞ!」
「「おおおおおおおっ!」」
クーシャを労っていると、ヘレナをはじめとする冒険者たちが雄叫びを上げた。
高額の報酬金が払われた上に、俺がハーピーの素材を余すことなく持ち帰ったので今回の換金率は非常に高い。懐が温まれば宴をやるのは当然の流れと言えた。
依頼の報告と換金を終えるなり、冒険者たちが併設された酒場のテーブルへとなだれ込む。
まるで祭りの打ち上げのようだ。
「クレトも今日は呑んでくだろ? 世話になってるお礼だ。アタシがおごってやるよ!」
「では、お言葉に甘えてご馳走になりましょうかね」
ここまで言われて帰るなんて空気の悪いことは言わない。
ヘレナに手招きされて、俺は席へと座った。
手慣れた様子でヘレナやアルナが注文をしていくと、瞬く間に人数分のエールといくつものつまみが届いた。メインの食事はまだ揃っていないがすぐに出てくるだろう。
「それじゃあ、依頼の達成を祝って乾杯!」
「「乾杯!」」
周囲の冒険者にも一通り酒が行き渡ると、ロックスが代表として声を上げた。
すかさず上がる冒険者たちの唱和の声。日頃から宴会騒ぎをやっているが、これほど熱の入った声を聞いたのは初めてで驚いた。
俺も声を上げながらもヘレナやロックス、アルナ、レイドといったメンバーに酒杯をぶつけて乾杯の一口。
酸味の少し強いエール。雑味も僅かに混ざっているが、この荒々しい味も結構好きだな。
「くはぁ、依頼を終えた後の一杯は美味いな!」
口元についた泡を拭いながら男らしく酒杯をテーブルに叩きつけるロックス。
すかさず通りがかった給仕にお代わりを要求していた。ペースが速い。
そして、給仕がお代わりのエールと一緒に色々な料理を持ってきた。
香辛料がたくさんかけられた骨付き肉、オークのステーキ、フロッグの唐揚げとほとんどが肉料理だ。サラダやトマトシチューなどのあっさりとしたものは申し訳ない程度にしかない。
派手に動き回っただけあってか、濃い味の料理を皆食べたいんだろうな。
皆が肉料理に手を伸ばしていく中、俺はまんべんなくそれぞれを取り皿に入れた。
やはり、料理はバランスよく食べたいからな。
「これだけの人数で討伐に向かうなんて初めてだよな!」
「思い返してみるとお祭りみたいでしたね。こういう事を言うのは、あまり柄でもないのですが戦っていて興奮しました」
「……うん、楽しかった」
ヘレナだけでなくレイドやアルナもそのような感想を漏らした。
落ち着いた二人でもそんな感想を抱くとは少し意外で、やはり冒険者なんだなとしみじみと思った。
「おー! レイドとアルナもそう思うか! だよなだよな! いやー、また皆で魔物の巣にカチコミに行きてえな!」
「それな! 転送屋がいればカチコミし放題だぜ!」
「……あるいは大人数で大物に挑むのも悪くはない」
ヘレナの物騒な言葉に触発されて、近くに座っていたガドルフとウルドまでもそんなことを言う。
あれだけの実力者が一気に送り込まれたら脅威だろうな。膨大な数の冒険者が瞬時に傍に現れて奇襲してくるのだ。おっかないことこの上ない。
「……確かにこれだけの人数を揃えればドラゴンだって狩れるかもしれませんね。危なくなれば、すぐに撤退もできる。検討してみる価値はあるかもしれません」
「さすがにそれは勘弁してくださいよ。俺はあくまで転送屋なんですから」
レイドが真剣な表情で考え始めたので、俺は慌てて釘を刺しておく。
俺が生業にしているのはあくまで転送業だ。
冒険者として過酷な魔物討伐を行うつもりはない。
確かに現実味はあるけど、ドラゴンの討伐なんておっかな過ぎるからね。
「そうですか。いい考えだと思ったのですがねぇ……」
すごく残念そうな顔をするレイド。結構真剣に考えていたらしい。
「まったくクレトには野望はねえのか!」
「既にそれなりの財産は築いていますし、持ち家もありますからね。ゆるゆると仕事と生活を楽しめれば十分です」
「……羨ましい。早く私もクレトみたいな暮らしがしたい」
俺の主張を聞いてキラキラとした眼差しを向けてくるアルナ。
それ以外の者は微妙な表情を浮かべている。どうやらこの崇高な理念を理解しているのはアルナだけらしい。
「クレトは若さの割に枯れてるなぁ!」
「仕事=幸せとは限りませんから」
「クレトが言うと、妙に説得力があるな」
しみじみと呟く俺の言葉に何かを感じたのか、ヘレナが威勢を削がれたような顔になった。
俺は前世で痛いほどにそれを学んだからな。重みがこもっていたのかもしれない。
「なにはともあれクレトのお陰で速やかに依頼を達成することができた。礼を言う」
「いえいえ、こちらこそ色々と勉強になりましたし、楽しかったですよ」
集団での魔物との戦い方や作戦を立てる時の考え方は、とても参考になった。
そして、何より皆で一緒に依頼を達成できたという感動が大きい。
俺は基本的に転送をするだけであり、こうやって冒険者である彼らと達成感を味わうのは難しい。
今回もハーピーを討伐していないとはいえ、皆と一緒に依頼をこなす一助を担うことができた。こうやって堂々と達成感を共有し、分かち合えるのは嬉しいものだ。
ドラゴンのような危ない魔物はできればゴメンだが、このような依頼であればまた一緒にやりたいと素直に思う。
「クレトが毎日いてくれれば、もっと依頼をこなせるんだけどなぁ」
「ヘレナの意見に同意です」
「……そうしてくれると私も助かる」
「さすがに毎日は勘弁してください。定期的に顔を出すようにしますので、それで勘弁してください」
ジーッと欲しがるような視線を向けてもそれはダメだ。
俺には優雅な二拠点生活をおくるという目標があるんだからな。
「ちえっ、一緒に感動を分かち合うことでパーティーに引き入れる作戦は失敗かぁー」
残念そうに言うヘレナの言葉を聞いて、俺たちは朗らかに笑うのだった。




