チーズフォンデュ
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コミカライズも始まります。
絵画を眺めていると、ふと隣から「ぐうう」とお腹が鳴る音が聞こえた。
つい視線をやると、隣にいたアルシェがお腹を押さえて顔を赤くしていた。
「す、すみません」
窓から差し込む光はすっかりと中天を越えている。いつもならとっくに食事を済ませている頃だろう。
「……クレト様、昼食はどうなさいますか?」
「絵画の設置を頑張ってくれたお礼に料理を振舞ってあげたいんだけどいいかな?」
「私たちのために料理ですか?」
「ハウリン村の食材を使ったとっても簡単な料理なんだけど、一人でやるにはちょっと寂しくてね」
俺が考えているのはチーズフォンデュだ。貰った時からいつかはチーズフォンデュで食べようと思っていたのだがタイミングがなくてやれないでいた。
一人でもできる料理であるが、食べるなら大勢でわいわいと食べたい。
それにちょうどハウリン村の風景を絵画で見てもらったのだし、村の魅力を一つでも知ってと思った。
「クレト様がそうおっしゃるのであればご一緒させていただきます。ただし、準備の方はお手伝いさせてください」
メイドとして主に料理をさせるのはプライドが許さないのだろうか。ずいっとプレッシャーを放って言ってきた。
傍にいるアルシェやルルア、ララーシャも同意するように頷く。
「うん、わかった。手伝いを頼むよ」
皆で昼食を食べることになったので厨房へと移動する。
到着すると俺はアンゲリカから貰ったチーズを取り出し、まな板の上にドンと置いた。
「クレト様、どのような料理を作られるのですか?」
「チーズフォンデュっていう料理なんだけど知らないかい?」
そう尋ねてみると、エルザをはじめとするメイドたちが首を傾げる。
「溶かしたチーズに具材を浸して食べる料理なんだけど……」
「食材の上にチーズをかけることはあっても、そのような食べ方はしたことがないですね」
どうやらこの世界ではチーズフォンデュという料理がないらしい。確かにグラタンのようなチーズを使った料理はあれど、浸して食べるというのは見たことがない気がする。
なんだか面白い発見だ。
「でも、なんだか聞いただけで美味しそうです!」
お腹を空かせていたアルシェが表情を緩ませながら言う。
チーズが人気なのはこの世界でも同じだ。チーズを使ってマズい料理を作る方が難しいだろう。お陰でアルシェたちの期待値も高いようだった。
「そういうわけで、皆にはチーズに合う具材の下処理をお願いするよ」
「かしこまりました。お任せください」
バケット、ジャガイモ、ニンジン、ブロッコリー、ウインナー、トマトといったチーズに合いそうな具材を伝えるとエルザたちは一礼をして動き始めた。
普段から厨房を使っているのは彼女たちなので動きには迷いがない。
食糧庫からジャガイモ、ブロッコリー、ニンジンなどを取り出すと、一口くらいの大きさに切って湯がいていく。
それら以外にもカボチャ、エリンギ、ベーコンとチーズに合う定番のものを自発的に用意しているみたいだ。
「アルシェ、それって魚の練り物よね? それをチーズで食べるつもり?」
「そうだよ? 美味しいかなって……」
アルシェの持ってきた食材を見て、驚いた様子のララーシャ。
「魚介類も一応合うからね。悪いチョイスじゃないと思うよ」
「ほら! クレト様も合うって!」
「へえー、合うのね」
一応、フォローしてあげるとアルシェがどや顔をする。
とはいえ、深く考えないで魚の練り物を持ってきたアルシェのチョイスはすごいな。
「えーっと、他にはクロック豆、ベビーコーン、ピーマン……あとはチーズにチーズとかどうかな?」
王道的な料理を用意していく皆とは正反対に変わり種を用意していくアルシェ。
うん、いるよね。鍋パーティーとかやったら変な具材ばっかり持ってくる奴。
さっき褒めたせいで未知の味を開拓したくなったのだろうか。
よっぽど変な食材じゃない限り止めはしないけど、最終的には自己責任で頼むよ。
賑やかなメイドたちの話声をBGMにしながら、俺は鍋に切り刻んだチーズと白ワインを入れて弱火で煮込んでいく。
普段は仕事モードの彼女たちと接することが多いので、ちょっと緩んだ空気感は新鮮だった。
やがて、チーズが溶けてくると片栗粉や白ワインをつぎ足して、さらに仕上げとして塩を加える。滑らかになるまでヘラでかき混ぜるとチーズソースの完成だ。
「クレト様、食材の準備が整いました」
「こっちもちょうど出来上がったところだよ。ダイニングルームに持っていこうか」
チーズソースの入った鍋を魔法具に載せて持っていく。
前世でいう小型コンロのような感じだが、そこまでスマートではなくそれなりにデカい。が、十分に持ち運んで楽しめるので助かる。
エルザたちもそれぞれの具材が入った皿を持って移動する。
そしてダイニングのテーブルにそれぞれの食材をずらりと並べた。
中央にはぐつぐつと煮立っているチーズソースがあり、それを取り囲むように食材が盛り付けられた皿がある。実に美しい光景だ。
「さあ、座ってくれ」
「失礼いたします」
俺が先に座って促すと、エルザたちもイスに座っていく。
いつもは同席することのないメイドたちが食卓についている姿は新鮮だ。
初めて食べる料理だし、先に俺が実演して見た方がいいだろう。
用意していた長串をバケットに刺し、そのままとろとろのチーズへと浸けて食べる。
熱々のチーズとバケットの相性が抜群だ。シンプルな小麦の風味がするバケットだからこそ、より濃厚にチーズの味を感じることができる。
「うん、美味しい。こんな感じに食べるんだ。好きに食べてみてくれ」
俺がそのように勧めてみると、エルザをはじめとするメイドたちが一斉に長串を手にして、好みの食材を突き刺してチーズに浸す。
「……美味しいです」
「とろとろで最高です!」
ぱくりと口にして感嘆の息を漏らすエルザと、表情までもとろけさせるアルシェ。
「チーズがとても濃厚ですね」
「クレト様、これは何のチーズを使っているんですか?」
「ハウリン村で育てられた羊のチーズさ」
「羊のチーズといえば、もっと癖のあるものだと記憶してましたが、このチーズは癖も少なくて食べやすいですね。すごいです」
羊のチーズと聞いて、ララーシャが驚いたように目を見開いた。
住んでいる村の食材は褒められると嬉しい。
羊のチーズといえば、少し癖のあるイメージだがアンゲリカの育てている羊のチーズはマイルドな味でしつこくなく、とても美味しく食べることができる。
ほとんど癖もなくミルキーな味わいなので、チーズフォンデュとしてもいける。
バケットの他にもジャガイモ、ニンジン、ブロッコリーを食べると、これまた美味しいな。
「アルシェ、魚の練り物はどうなの?」
「今から食べてみる!」
おずおずとララーシャが見守る中、アルシェが練り物をチーズに浸して口にする。
「ど、どう?」
「これいける! 魚の塩っけとチーズが合うよ!」
「あっ、美味しいわね」
「でしょ?」
ララーシャも食べてみると口に合ったようだ。
海鮮グラタンだってあるんだし、他にもホタテやサーモンなんかもきっと合うんだろうな。
「こんな素敵な料理をご馳走していただきありがとうございます、クレト様」
エルザが丁寧に礼を述べると、他のメイドたちも口々に感謝の言葉を述べる。
「気にしなくていいよ。まだまだチーズはたくさんあるから遠慮なく浸けて食べてくれ」
「では、遠慮なく!」
俺がそのように言うと、アルシェをはじめとするメイドたちがたっぷりとチーズをつけ始めた。
やっぱり、チーズの量を考えて遠慮していたらしい。
チーズはホールで貰っているのでたくさんある。無くなればまたすぐに作れるので追加すればいい。
それにしても良かった。皆、チーズフォンデュを気に入ってくれたようで。
時間があれば、今度はハウリン村の皆とやってみようと思った。




