今度はハウリン村に
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レフィーリアの依頼を終えた翌朝。
王都の屋敷に泊まった俺は、レフィーリアを迎えに行くためにアトリエにやってきた。
「レフィーリアさん、迎えにきました」
「はーい!」
外から声をかけると、レフィーリアの間延びした返事と共に扉が開いた。
「どうぞ、入ってください」
「失礼します」
昨日と同じように入らせてもらって、奥にあるアトリエに。
そこで必要な画材を亜空間に収納すると準備は完了だ。
「それではハウリン村に向かいますね」
「はい、いつでもどうぞ」
そう言うと、自然と手を繋いでくるレフィーリア。
昨日、それなりに転移を繰り返したようであるが、まだ転移には慣れないらしい。
意識しないと言われれば嘘になるが、できるだけ気にしないようにしよう。
レフィーリアは天然っぽいところがあるし勘違してはいけない。
そのことをしっかりと胸に刻んで、俺とレフィーリアはハウリン村へと転移する。
「……ここがハウリン村ですか?」
「そうですよ」
目の前に広がる光景があっという間にアトリエから、長閑なハウリン村へと切り替わった。
場所は俺の家のすぐ傍。舗装されていない土の道や草花が生えており、近くには森が広がっている。
まばらな間隔で小さな民家が建っており、ほとんどが田畑だ。ポツリポツリと畑で作業をしている村人たちが見える。
村を囲うように山々が連なっており、自然の中での暮らしているのがありありと伺えた。
「素敵な場所ですね。静かで景色がとても綺麗。自然を身近に感じることができ、人々の穏やかな生活感がにじみ出ています」
「ありがとうございます」
「ここがクレトさんの故郷なのでしょうか?」
「故郷と言われればそうですが、厳密には少し違います。実はこの魔法を活かして王都とハウリン村の二か所で生活しているんです。傍にあるのがこちらでの俺の家ですね」
「つまり、クレトさんがこちらでも生活をしていると?」
「はい、二拠点生活って呼んでいます」
「いいですね。確かにクレトさんの魔法があれば一か所に拘る必要はありませんからね」
変わった暮らし方であるが、転移を実感しているレフィーリアはすんなりと納得できたようだ。
「さて、どんな絵を描きましょうか? 描いてもらいたい景色とかありますか? 家の周りだとか川や畑だとか」
「そうですね。一枚でハウリン村をイメージするものがいいんですけど……」
なんともざっくりとしたイメージだ。
プロの画家に注文して描いてもらった経験がないので何と伝えたらいいかわからない。
「なるほど。では、少し散策させてもらって決めてもいいですか?」
「はい、レフィーリアさんにお任せします」
俺が場所を指定するよりも、プロに決めてもらう方がいいような気がするし。
レフィーリアに任せることを決めた俺は、気の向くままに歩き出した彼女についていくことにした。
王都と比べると大きな建物や店もない。しかし、レフィーリアはこの景色が新鮮なのか物珍しそうに歩く。
なんてことのない草花を屈んで眺めてみては、手に取って香りをかいでみたり。小川を覗き込んで川魚を眺めたり、水に触れてみたり。
「楽しそうですね」
「街の生まれだったので、こうやって自然豊かな村を歩くのは初めてなんですよ。だから、すごく楽しいです」
などと上機嫌そうな表情で歩くレフィーリア。
なるほど、ニーナとは正反対でこういった自然の中での暮らしを知らないタイプか。
俺もここに住むまでは同じような感じだったので気持ちはとてもわかる。
多分、ああやってじっくり観察したり、触れて質感を確かめることがリアリティのある絵を描くことに繋がるんだろうな。
のんびりと野道を歩いていると、前方から荷馬車を引いたオルガがやってきた。
「おーい、クレト。今日は散歩かああああああぁぁぁっ!?」
向こうがこちらに気付いて声をかけてくるが、途中から変な奇声へと変わった。
オルガが急いでこちらにやってくると荷馬車を置いて、俺のところにやってくる。
「おいおい、クレト。あんな綺麗な女、どこから攫ってきたんだ?」
「その言い方はやめろ。俺が犯罪者みたいじゃないか」
「あんな女、ここらじゃ見たことがねえぞ?」
オルガの言わんとすることはわかる。
艶やかな銀髪に整った顔立ち。日焼けとは無縁そうな真っ白な肌。
王都にしか売っていないようなサマードレスを身に纏っているレフィーリアは、一目でこの村の女性ではないとわかるほどに綺麗だった。
垢ぬけた都会の美しさというやつだろうか。
「だからといって、俺が攫ってきたなんて言わないでくれ。彼女は仕事で王都から連れてきたんだ」
「ああ? 仕事? クレトの彼女じゃねえのかよ?」
「違う」
「なぁんだ。つまらねぇな」
俺がきっぱりと否定すると、オルガがつまらなさそうな顔をした。
もし、そうであれば弄り倒す気満々だったようだ。もし、そんな人ができたとしても、オルガには会わせないようにしよう。
「クレトさん、こちらの方は?」
「この村でトマト農家をしているオルガだよ」
「オルガだ」
「はじめまして。画家のレフィーリアと申します」
「お、おお」
レフィーリアが手を差し伸べると、オルガが慌てて手を服で拭って握手した。
俺の時はわざと土をつけてきたというのに対応の差が酷い。
「まあ、何もない村だがゆっくりしてけ」
「はい、ゆっくりさせていただきます」
レフィーリアが丁寧に礼をすると、オルガちょっと戸惑った後に荷馬車を押し始めた。
ハウリン村だとこんな丁寧な対応をする人はいないからな。
オルガは無言で俺にトマトを二つ押し付けると去っていく。
俺たちで食べろってことだろう。
「トマトを貰ったのでどうぞ」
「ありがとうございます」
もう一個のトマトをレフィーリアに渡し、俺はトマトを口にしながら歩き出す。
「――っ!? これ、とっても美味しいですね!」
ぱくりとトマトを口にしたレフィーリアが驚きのあまり目を丸くしていた。
うんうん、やっぱりここのトマトを知らなければそういう反応になるよな。
「ええ、とても美味しいですよね」
「はい、今まで食べたどのトマトよりも美味しいです」
そう言ってもらえるとオルガも嬉しいだろうな。
照れくさくなって仕事に戻ってしまったので、後で俺が伝えておいてあげよう。
「最近は王都の高級レストランで使われるようになったんですよ」
「もしかして、それもクレトさんやエミリオの?」
「はい、俺たちが仕掛けました。これだけ美味しい食材なので多くの人に美味しく味わってもらいたいと思いまして」
「なるほど」
などと説明すると感心したように頷くレフィーリア。
他にも俺はトマトを片手にしながら、ここでしか栽培されていない食材について語る。
ハウリンネギやハウリンナス、三食枝豆などなど。ここには美味しいものがたくさんあるのだ。
そんな俺の村自慢にしか聞こえない話にも関わらず、レフィーリアは丁寧に耳を傾けてくれた。
それも絵画のイメージになるらしいので、俺はさらに村のいいところを語っていく。
「すみません、あっちの方に移動することはできますか?」
そんな風に会話をしながらあちこちを散策していると、レフィーリアが遠くに見える丘を指さした。
王都のように広くはないとはいえ、宛もなく歩き続けては体力を消耗してしまうからな。
「わかりました。あの丘ですね」
再び手を繋いだ俺はレフィーリアと共に丘へとやってくる。
そこはハウリン村の居住地から北に少し離れた場所で、ちょうどいい感じに村を見渡せることのできるところだ。
吹き込んでくる風が肌を撫でるようにして通り過ぎていく。周囲にある草木がサーッと潮騒のような音を奏でた。
「……ここの景色を描こうと思います」
たなびく髪を押さえながらレフィーリアがポツリと呟いた。
「はい、お願いします」
異論はない。
レフィーリアならば、きっとこの光景を美しく描いてくれるだろう。そんな確信があったからだ。




